左褄ひだりづま)” の例文
お角は二十四五の年増盛り、柳橋に左褄ひだりづまを取っている頃から、江戸中の評判になった女で、その濃婉のうえんさは水のしたたるばかりでした。
きまはづかしさうに離れて行くのも好い気持ではなかつたが、それよりも左褄ひだりづまを取つてゐたつての自分に魅力はあつても
のらもの (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
さとれた吾妻下駄あずまげた、かろころ左褄ひだりづまを取ったのを、そのままぞろりと青畳に敷いて、起居たちい蹴出けだしの水色縮緬ちりめん。伊達巻で素足という芸者家の女房おんなあるじ
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
りきれた浪人の草履、女の白いかかとはかまの折目正しい白足袋しろたび裾模様すそもよう、と思うと——あだな左褄ひだりづま、物売りの疲れた足。
(新字新仮名) / 吉川英治(著)
この夢八こそは、当り矢のお艶、というよりも、諏訪栄三郎の妻お艶が、ふたたび浮き世の浪に押され揉まれて、慣れぬ左褄ひだりづまを取る仮りの名であった。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
われこの草のことをば八重より聞きて始めて知りしなり。八重その頃(明治四十三、四年)新橋しんばし旗亭花月きていかげつの裏手に巴家ともえやといふ看板かかげて左褄ひだりづまとりてゐたり。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
私は従姉いとこをたずねていって、暗澹あんたんたる有様に胸をうたれて途方にくれたことがある。これが、あのはなやかに、あでやかに見える、左褄ひだりづまをとるひとせびらに負う影かと——
そうして、およそすそさばきのもつ媚態をほのかな形で象徴化したものがすなわち左褄ひだりづまである。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
暗い入口に人のささやきがうごめき、お洒落しゃれな旅行者の捨てた煙草に六本の手が伸び、同じ男と女に何度も会い、めりんす二〇三高地の輸出向日本芸者がしゃなりと自動車から左褄ひだりづまを取り
踊る地平線:01 踊る地平線 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
柳橋やなぎばし左褄ひだりづまとったおしゅんという婀娜物あだものではあるが、今はすっかり世帯染しょたいじみた小意気な姐御あねごで、その上心掛の至極いゝたちで、弟子や出入ではいるものに目をかけますから誰も悪くいうものがない。
小僧等の目をさへ驚かしたる篠田方の二個ふたり女性をんな、老いたるは芸妓殺げいしやころしを以て満都の口のかゝりたる石川島造船会社の職工兼吉の母にて、若きは近き頃迄烏森からすもり左褄ひだりづま取りたる花吉の変形なり
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
お角は二十四五の年増盛り、柳橋で左褄ひだりづまを取つてゐる頃から、江戸中の評判になつた女で、その濃婉のうゑんさはしたゝるばかりでした。
「ここで栄螺を放した方は、上の壇に栄螺が乗って、下に横にして供えられた左褄ひだりづまの人形を、私とは御存じないの。」
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
次第に昔、左褄ひだりづまを取っていたらしい面影も浮かんで来て、何とも不思議な存在であることに気がついたのであった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
お半二度左褄ひだりづま取る気やらまた晴れて活弁かつべんと世帯でも持つかそのの事はさっぱり承知致さず。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
河合の手を組んで、左褄ひだりづまを、自暴やけにはしょって、稲荷裏の家へ、よろめいて帰って来た。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
若くて死んだお母さんは、柳橋でおりょうさんと名乗り、左褄ひだりづまをとった人だった。
柳原燁子(白蓮) (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
その時、人ごみのなかを左褄ひだりづまをとっていそぐ粋な姿があった。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
学校の帰途かえるさ驟雨にわかあめに逢えば、四辻から、紺蛇の目で左褄ひだりづまというのが出て来て、相合あいあいで手をいて帰るので、八ツ九ツ時分、梓はひどく男の友人にうとんじられた。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
女たちのなかには、京橋の八丁堀で産れて、長く東京で左褄ひだりづまをとっていたという一人もあった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
三十そこそこでしょうが、昔左褄ひだりづまを取ったことがあるとかで、抜群の年増振りです。
内の都合で、生れると直ぐ音信いんしん不通の約束で他へ養女に遣わしたのが、年を経て風の便たよりに聞くと、それも一家いっけ流転して、同じく、左褄ひだりづまを取る身になったという。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かつて深川で左褄ひだりづまを取っていた師匠は、万事ゆったりしたこの町の生活気分が気に入り、大弓場の片手間に、昔し覚えこんだ清元の稽古をしてつましく暮らしているのだったが
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
卓子台ちゃぶだいの前へ、右のその三角帽子、外套のなりで着座して、左褄ひだりづま折捌おりさばいたの、部屋着をはだけたのだのが、さしむかいで、盃洗が出るとなっては、そのままいきなり、泳いでよろしい
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しかし新橋や柳橋に左褄ひだりづまを取るものが、皆が皆まで玉の輿こしに乗るものとは限らず、今は世のなかの秩序も調ととのって来たので、二号として顕要の人に囲われるか、料亭りょうていや待合の、主婦として
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
間もなく落籍ひかされ、銀子もその身分を知ったのだったが、ずっと後になって、彼はその女に二人の子供をおいて行方ゆくえ知れずになり、自身の手で子供を教育するため、彼女は新橋で左褄ひだりづまを取り
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
昨夜ふと一人の友達をつれて川沿いのうちに現われ、師匠も小夜子も、時代は違っても、昔しは同じ新橋に左褄ひだりづまを取っていたこともあるので、話のピントが合い、楽しい半夜を附き合ったのであった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)