嫋々じょうじょう)” の例文
受けたものはコロコロと、太い管の中を転落して、タンクの中に入るから牛馬先生は、遥かに余韻よいん嫋々じょうじょうたる風韻ふういんを耳にするであろう。
発明小僧 (新字新仮名) / 海野十三佐野昌一(著)
時、すでに春けて建安二年の五月、柳塘りゅうとうの緑は嫋々じょうじょうと垂れ、淯水の流れはぬるやかに、桃の花びらがいっぱい浮いていた。
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
よく脂肪の乗った艶つやとまるい素膚、僅かに腰をおおっている緋色の湯具、おそれと羞らいに上気した顔が、湯気を押分けて嫋々じょうじょうと現われたのだ。
若殿女難記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
イエの語物は「寺子屋」だった。三味線は大阪お祖母さんが勤めた。段切れのいろは送りをイエは相応に哀感を持たせて、余音嫋々じょうじょう巧みに語りこなした。
前途なお (新字新仮名) / 小山清(著)
諸口さんの嫋々じょうじょうとした、いってみれば古典的静謐せいひつの美に対して、マダム丘子のそれは烈々としてすべてを焼きつくす情獄の美鬼を思わせるものであった。
さて、「いらして、また、おいで遊ばして」と枝折戸でいう一種綿々たる余韻の松風に伝う挨拶は、不思議に嫋々じょうじょうとして、客は青柳に引戻さるるおもいがする。
古狢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ヒューッとはいる下座の笛、ドンドンと打ち込む太鼓つづみ、嫋々じょうじょうと咽ぶ三弦の、まず音楽で魅せられる。
大鵬のゆくえ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
声量の小さい人だが、巧みな裏声を使って、余韻嫋々じょうじょうとやるところは全く理屈なしに楽しめるものであった。
女の愛らしいもろさ、人のよいようなはかなさ、嫋々じょうじょうたるところを近代の脂粉のなかに我から認めて、女としてそこへ我が身をもたせかけ行くポーズにあった。
婦人と文学 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
これらの歌にすぐ感じられる事は、第一に嫋々じょうじょうとした余韻と、第二に自然を鑑賞する特殊の角度とである。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
散文の達者ならもっと余韻嫋々じょうじょうとあらわし得ると思うが、短歌では私の力量の、せい一ぱいであった。
三筋町界隈 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
窓の外には、いつの間にか夜風が出て、弔花のような風雪が舞いしきり、折から鳴りやんでいた教会の鐘が、再び嫋々じょうじょうと、慄える私の心を水のようにしめつけていった。
寒の夜晴れ (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
嫋々じょうじょうたるピアノの音は、高く低く緩やかにはげしく、時には若葉のこずえけ抜ける五月の風のようにささやき、時には青い月光の下に、にわかほとばしでたる泉のように、激した。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
たとえば嬉しさを表現する時には躍り上るような音階を通じて最高音に達し、悲しみをあらわす事には嫋々じょうじょう切々として、ためらいつつ最高音に達するように節づけたとする。
能とは何か (新字新仮名) / 夢野久作(著)
秋風嫋々じょうじょうと翼をで、洞庭の烟波えんぱ眼下にあり、はるかに望めば岳陽のいらか灼爛しゃくらんと落日に燃え、さらに眼を転ずれば、君山、玉鏡に可憐かれん一点の翠黛すいたいを描いて湘君しょうくんおもかげをしのばしめ
竹青 (新字新仮名) / 太宰治(著)
貞奴のあの魅惑のある艶冶えんや微笑ほほえみとあの嫋々じょうじょうたる悩ましさと、あの楚々そそたる可憐かれんな風姿とは、いまのところ他の女優の、誰れ一人が及びもつかない魅力チャームと風趣とをもっている。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
荷風先生は毅然たる現実主義精神を抱いた散文作家であると同時に、一面には嫋々じょうじょうたる抒情詩人である。この両面を解して後はじめて先生が真面目に接し得られるというべきである。
「珊瑚集」解説 (新字新仮名) / 佐藤春夫(著)
大塚匠作おおつかしょうさく父子の孤忠および芳流閣の終曲として余情嫋々じょうじょうたる限りなき詩趣がある。
八犬伝談余 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
この女王のほうはあざやかな美人で、娘らしいところと、気高けだかいところは多分に持っていたが、なつかしい柔らかな嫋々じょうじょうたる美というものは故人に劣っていると事に触れて薫は思った。
源氏物語:49 総角 (新字新仮名) / 紫式部(著)
嫋々じょうじょうたる寂寥が無限の如くひろ/″\とさまよひ流れてゐるやうだつた。
逃げたい心 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
手荒い鉄砲のようなものを扱う場合にそれが却って優しみを帯びて嫋々じょうじょうと人の心に訴えて来る、安宅先生の生れ付きの性質の矛盾を考えながらわたくしは、尚しばらく玄関の外で待っていました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
たちまちにして読みおわりぬ。余音嫋々じょうじょうとして絶えざるの感あり。天ッ晴れ傑作なり貴兄集中の第一等なりと感じぬ。この平凡なる趣向、卑猥ひわいなる人物、浅薄なる恋が何故に面白きか殆ど解すべからず。
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
嫋々じょうじょうと匂う股の中にある
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
その御心さえしかとはらにお据えなれば、いつまで綿々嫋々じょうじょうと、婦女子の涙を真似ているときではございますまい。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
我らの若かりし頃、ヴァイオリンなる楽器は、想像以上に余韻嫋々じょうじょうとひかれたことを記憶している。
お笛の部屋から爪弾きの三味の音に合せて、一中節の渋い唄声が嫋々じょうじょうと聞えていた、——珍しや、寛いだ勘兵衛がお笛に唄わせながら、さっきから独りさかずきをあげているのである。
嫁取り二代記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
菅笠すげがさには、同行二人と細くしたためて、私と、それからもう一人、道づれの、その、同行の相手は、姿見えぬ人、うなだれつつ、わが背後にしずかにつきしたがえるもの、水の精、嫋々じょうじょうの影
二十世紀旗手 (新字新仮名) / 太宰治(著)
供御くごもその夜は格べつな御食みけが進められ、山のわらびや川魚をさかなに、帝は三名の妃をお相手に深く酔われたらしい。侍者の催馬楽歌さいばらうた嫋々じょうじょうと哀れに聞えた。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「水の火よりもつよきを知れ。キリストの嫋々じょうじょうの威厳をこそ学べ。」
HUMAN LOST (新字新仮名) / 太宰治(著)
そして、ふと珍しく一節切ひとよぎりの竹を手にとって、歌口をしめした。嫋々じょうじょうとすさびだされる音は、かれの乱れた心腸しんちょうをだんだんにととのえてきた。無我、無想、月の秋。
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
たとえていえば眉に江山の秀をあつめ、胸に天地の機を蔵し、ものいえば、風ゆらぎ、袖を払えば、薫々くんくん、花のうごくか、嫋々じょうじょう竹そよぐか、と疑われるばかりだった。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ここの辺りを弔い彷徨さまようたとすれば、ありえぬこととはいえないし、そして古くからある謡曲「巴」などよりは、はるかに余韻嫋々じょうじょうたる新作の謡曲「巴」になるであろう。
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
歳時記では今を水ぬるむの時と申しますが、鐘にも春のぬくみがある、嫋々じょうじょうとしてあたたかな、耳朶じだぬるい開帳の鐘の音、梅見がてらの人出と共に、朝から絶えまもありません。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこから木立を隔てて見えるのは、月光の底に沈んでいる二十八柱の大伽藍だいがらん、僧行基ぎょうきのひらくという医王山薬師如来やくしにょらい広前ひろまえあたり、嫋々じょうじょうとしてもの淋しい遍路へんろりん寂寞せきばくをゆすって鳴る……。
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
風のかげんか、喨々りょうりょうと澄んで高く聞こえてくるかと思うと、ぎれて、消えなんとし、消えたかと思えばまた、嫋々じょうじょうたる呂律りょりつが川波にのって流れ、そしてだんだんに近づいて来るのであった。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
嫋々じょうじょうと、げんは鳴る。哀々と、彼女は歌う。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのるせなさを嫋々じょうじょううったえている。
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)