媾曳あいびき)” の例文
そうして私はこれからのち、当分の間、毎晩その通りの散歩を繰返せばいいのだ。あの空家で彼女と媾曳あいびきすることだけを抜きにして……。
冗談に殺す (新字新仮名) / 夢野久作(著)
多年土地の若いものゝ間に染み込んでいる弊風へいふう賭博とばく媾曳あいびきを、父親は眼の仇にして清掃を図った。父親は一方非常な飲酒家であった。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
殿村は大方おおかたの事情を知っていた。大宅はれっきとした同村の素封家そほうか許婚いいなずけの娘を嫌って、N市に住む秘密の恋人と媾曳あいびきを続けているのだ。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
卓一だつて、ちやうどそのころ、日本の古典のよく読める十七才の小娘と、まるでお話にならないやうなねちねちした媾曳あいびきを重ねてゐたのだ。
いつも夜あけ方のさびしい野原で、あるいは猫柳の枯れてる沼沢地方で、はかない、しづかな、物言はぬ媾曳あいびきをしてゐるのだ。
田舎の時計他十二篇 (新字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
此の二人の間は、決して妻の行動を束縛しない夫の態度によってますます濃厚となり、二人は之をよい事にして盛んに媾曳あいびきをするようになった。
彼が殺したか (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
何か道ならぬ艶事つやごと、ある影の中の女、ある媾曳あいびき、ある秘密、そういうことに違いないと彼女は思い、少しばかり探ってみるのも当然だと考えた。
亭主持ちと、出先には知られているので、媾曳あいびきはきかないし、河合は、来るのは嫌だというし——それにも焦々いらいらしていた。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
Mはそこで奴め墓場で何人たれかと媾曳あいびきでもするのかと思った。Mはますます面白くなったので、堤を越えて墓場へおりた。
死体を喫う学生 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
その日以来、支那式の温室は、私達に執っては何より楽しい隠家かくれがとなったのでございます。恋の隠家、接吻の場所——媾曳あいびきにわとなったのでした。
温室の恋 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
若い歌舞伎かぶき俳優と媾曳あいびきして夜おそく帰って来ると、彼はいつでもバルコニイへ出て、じっと待っているのだった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
栗鼠りすの豪奢な毛皮の外套をつけたアトラクティブな夜の女の華車な姿が、化粧鏡を恋愛の媾曳あいびきのための、こころの置場として、僕に微笑みかけているのだ。
わりらが媾曳あいびきの邪魔べこく気だな、俺らがする事にわれが手だしはいんねえだ。首ねっこべひんぬかれんな」
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
昨日きのうの栄華に引替えて娘は明暮不幸をかこち、我も手酷てひど追使おいつかわるる、労苦を忍びて末々をたのしみ、たまたま下枝と媾曳あいびきしてわずかに慰め合いつ、果は二人の中をもせきて
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
これは二人がいつの間にか出来合っていて、女が師匠の家にいては思うように媾曳あいびきも出来ない。
半七捕物帳:36 冬の金魚 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
あいつは僕には黙って毎日夕方になるとなよたけとこっそり媾曳あいびきをしてるんだ。僕にはもう一緒にやる理由がなくなってしまった。……なよたけはあいつのものなんだ!……
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
お賤の処へ来ると弁天様か乙姫の様な別嬪べっぴんがチヤホヤ云うから、新吉はこそ/\抜けては旦那の来ない晩には近くしけ込んで、作藏に少し銭を遣れば自由に媾曳あいびきが出来まするが
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
そして、彼との媾曳あいびきだけで生きていた。他に何も考えなかった。未来のことも、仕事のことも、すべて無理矢理に、私は自分で考えるなと強いたのだ。たしかに私は、大いなる誤算をしたわけだ。
久坂葉子の誕生と死亡 (新字新仮名) / 久坂葉子(著)
「美の吉ころし」の美の吉と熊次郎の媾曳あいびき、「人生劇場」(尾崎士郎作)の飛車角とその情人たるチヤブ屋女の歓会、それらの章りは、前述の悪謔がなくて活き/\たる描写にのみ終始してゐたから
吉原百人斬り (新字旧仮名) / 正岡容(著)
そんな島は、媾曳あいびきの夜のように、水火夫たちを詩人にした。
労働者の居ない船 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
私との媾曳あいびきのためだったと苦しい弁明をしたとのことです。
偽悪病患者 (新字新仮名) / 大下宇陀児(著)
媾曳あいびきじゃあねえや」
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
そこで彼は、その日旅に出ると偽って、姦夫かんぷ姦婦かんぷ媾曳あいびきをしている現場を押え、いきなり用意の短刀で、男を一突きに突き殺してしまった。
白髪鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「伯爵が病気になったのを好いことにして、二人でこうして媾曳あいびきしているのだ、これも、俺が復讐にさしていることだ」
黄灯 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
(ここでも媾曳あいびきが行われている。悪党同士の媾曳だ。鏡太郎とそうしてお豊とらしい)(悪くないな)としかし思った。
十二神貝十郎手柄話 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
妾は妾の手にかけた少年たちの爪を取り集めて、向うの机の抽斗ひきだしに仕舞しまっといたのよ。西洋の貴婦人たちが媾曳あいびきの時のお守護まもりにするそうですからね。
けむりを吐かぬ煙突 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「会堂だな。弥撒ミサでちょっと味をつけた媾曳あいびきはいいからな。神様の頭越しに横目とはしゃれてるからな。」
送らせて来た書生が席を外していたので、二人はいつも媾曳あいびきしている恋人同志のように話し合った。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
近所交際づきあいもしているし、囲碁仲間だとも分かって、お蔦との媾曳あいびきが、榊原から叔父の耳へ、叔父から父の半蔵へ、まるで筒抜けであったのを知り、庄次郎は、手ぬかりを後悔した。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この二人は肩を摺り寄せて何か笑いながら語らっているてい、どうしても互いに惚れ合っているらしく見えたので、その人はひそかにいぶかって、あんな婆さんが美少年と媾曳あいびきをしているのかと思いながら
わしという邪魔者がいるとは心附かず、いつもの様に姦婦との媾曳あいびきを楽しむつもりで、何気なく這入って来たものであろう。
白髪鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そうかと思うとよその女を、こっそりとここへ引っ張って来て、ここの私娼をまじえないで、媾曳あいびきをして帰るという、そういったような客もあった。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
媾曳あいびきに慣れた少女の手紙である。東京付近の郊外が、到る処こうした男女のために利用されている事が推測される。
東京人の堕落時代 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
と、女は情夫との媾曳あいびきの場所を見られた腹立ちまぎれに怒鳴どなりだした、するとやっこさんむらむらとして来た。
雨夜草紙 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「じゃまた何処かで媾曳あいびきしてるんだろうよ。上さん今夜こそは一つ突止めてやらなくちゃ……」
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「分っておりますわいの、お前様は、あのお延という女の行方が知れぬので、どこにも落ちついていられないのでござんしょうが……、風呂屋町に隠れて、媾曳あいびきしていたあの女が、いつぞやの夜から見えなくなったので、それが苦になるのじゃ」
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
高貴の美女と高貴の美男は、こうして誰にもわずらわされず、心ゆくまでその媾曳あいびきを、朧月おぼろづきの下辺に続けて行く。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「嘘を云え。こんな夜更よふけに、どこの店が起きている。お前、明智の野郎と媾曳あいびきをしていたのだろう」
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
もしかすると他に女があって、時どき先方へ往ったり、また女の方からも此方へ来てじぶんの寝入るのを待って、ひそかに庭あたりで媾曳あいびきしているかも判らないと思いだした。
宝蔵の短刀 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
疑いもなく二人の魂がソックリそのまま肉体を脱け出して、毎夜毎夜ここで媾曳あいびきをして楽しんでいるのだ……という事が次第にハッキリと三太郎君に意識されて来たのです。
(新字新仮名) / 夢野久作(著)
しかし彼女のその夜の気紛きまぐれな態度が、つまりどんなふうに今後の運命に差し響いたであろうかは、大分後になってから、やっとわかったことで、まれの媾曳あいびきから帰って来た時の
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
媾曳あいびきをしている二人の者へも、月光は降りそそいでいた。ここは尾張領知多の郡、大野の宿の潮湯治場(今日のいわゆる海水浴場)で、夜ではあったが賑わっていた。
十二神貝十郎手柄話 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
池内の車が止ったのは、築地河岸つきじがしのある旅館の門前であったが、門内に広い植込みなどのある、閑静な上品な構えで、彼等の媾曳あいびきの場所としては、誠に格好のうちであった。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
その情夫と媾曳あいびきの費用にして遊んでいたのを、奴さんうすうす知って、煩悶はんもんしているところへ、投機の一件が本店の方へ知れて、本店から急に呼び返されたのでいよいよ困り
雨夜草紙 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
西洋の若い男女がよく媾曳あいびきの約束なんかに使う極めて幼稚な種類の暗号で、何も聖書に限った事はない。小説にでも教科書にでも何にでも使える極めて手っ取り早いものなのだ。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
二年のも床についていたせんかみさんの生きているうちから、ちょいちょい逢っていた下谷したやの方の女と、鶴さんが時々媾曳あいびきしていることが、店のものの口吻くちぶりから、お島にも漸く感づけて来た。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
いつも媾曳あいびきをするこの船宿にも、かなりの払いをするようだし、そのほか色々あれやこれや……。
一枚絵の女 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
大鳥家の令嬢ともあろう人が、如何に魔がさせばとて、怪賊黄金仮面と媾曳あいびきをしようとは。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そこで彼はローゼンのむすめを手に入れた際に、どうすれば細君に知れないで媾曳あいびきを続けることができるかと云うことを考えたが、それにはそのむすめをニコリフスクの方へやっておいて
警察署長 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
お小夜と珠太郎の媾曳あいびきをだね、築山の蔭から見ていたのは、我輩わがはいばかりではなかったのさ。館林様も見ていたのさ。それを互いに知ったものだから、大声で暴露し合ったのさ。
十二神貝十郎手柄話 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)