大晦日おおみそか)” の例文
大晦日おおみそかの夕ぐれである。どことなく騒音のある洛内だった、すこし人通りの多い往来へ出ると、人間の眼も、あしどりも、違っている。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
日本の家族的な習慣で、どこでもそうであるように、十二月の大晦日おおみそかは、伸子の両親の家でも、一年中で一番賑やかな日であった。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
その晩小六は大晦日おおみそかに買った梅の花の御手玉おてだまたもとに入れて、これは兄から差上げますとわざわざ断って、坂井の御嬢さんに贈物にした。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
去年の大晦日おおみそかに、母は祖父の秘密のわずかな借銭を、こっそり支払ってあげた功労に依って、その銀貨の勲章を授与されていたのである。
ろまん灯籠 (新字新仮名) / 太宰治(著)
しんしと聞いていい許の息子かは慌て過ぎる、大晦日おおみそかに財布を落したようだ。しんしだよ、張物に使う。……押を強く張る事経師屋以上でね。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
大晦日おおみそかであった。それは、いかなる労働も休んでいるはずであった。けれども、その当時は戦争が、ヨーロッパにおいて行なわれていた。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
そして翌日あくるひ大晦日おおみそかには日の暮れるのをまちかねてまた清月に出かけた。お宮の来るのを待って一緒に人形町の通りをぞろぞろ見て歩いた。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
つけてみましたけれど……不平なようなことばかりで、面白くないものですから、大晦日おおみそかの晩に焼いて了いました。そして、元日に遺言状を
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
たとえば小さい子供がおおぜいあるような家ではちょうど大晦日おおみそかや元日などによくだれかが風邪かぜをひいて熱を出したりする。
自由画稿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
七蔵はひどく喜んで、大晦日おおみそかまでにはきっと多吉のうちまでとどけると固く約束して置きながら、ことしの今まで顔出しもしなかったのである。
半七捕物帳:14 山祝いの夜 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
学生は料理屋へ大晦日おおみそかの晩から行っていまして、ボオレと云って、シャンパンに葡萄酒ぶどうしゅに砂糖に炭酸水と云うように、いろいろ交ぜて温めて
かのように (新字新仮名) / 森鴎外(著)
君はあの大晦日おおみそかに迫ると、なんとなく身辺がゆっくりして、嬉しさが感ぜられるということを経験したことはなかったかネ。
火葬国風景 (新字新仮名) / 海野十三(著)
去年の大晦日おおみそかの晩、それは白々とした良い月夜だったが、私たちは——H氏と私とマリヤンとは、涼しい夜風に肌をさらしながら街を歩いた。
それが大晦日おおみそかの晩であった。庸三はある時は葉子と清川とのあの晩の態度にまつわる疑問に悩みある時はそれを打ち消した。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
大晦日おおみそかの晩のことを私は覚えている。母は弟をおぶって街に出かけた。父と叔母と私とは茶の間で炬燵こたつにあたっていた。
このままで行ったならば、日本の首都は今に大晦日おおみそかの北京のようになりはしまいかと思われたが、案に相違して一時の現象で済んだのは芽出度い。
「二朱や一分なら、わざわざ親分の耳には入れませんよ。大晦日おおみそかが近いから、少しは親分も喜ばしてやりてえ——と」
ええ、ええ、『本所ほんじょうに蚊がなくなれば大晦日おおみそか』と云うが、ここのはやぶなんだからなかなか本所どころじゃあない。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
地蔵の七人は少し変だと思うが、他の部分はたいてい同じことで、双方共に大晦日おおみそかの晩、明くれば元旦のめでたい出来事として語られるのであった。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
さて十二月も末になっていわゆる大晦日おおみそかとなりました。その夜は特に支度したくをしてまずラサ府の釈迦堂へ指して燈明とうみょうを上げに自分の小僧をやりました。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
それに相当するのは、大晦日おおみそかの晩である。大晦日の夜は、若い元気な連中は、皆繁華街に出かけ、盛んに酒をのむ。
ウィネッカの冬 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
大晦日おおみそかの晩に、田中が生活のたつきを得ず、下宿に帰ることも出来ずに、終夜運転の電車に一夜を過したということ、余り頻繁ひんぱんに二人が往来するので
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
浪六にはその前年から頼んであった金策のことで、大晦日おおみそかの夜も待明まちあかしたのであったが、その年の五月一日になってもまだ絶えて音信をしなかったので
樋口一葉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
そしてかねて彼女が知り合った二里はなれた宮腹みやはらという村のおさの家に、彼女は突然あらわれて、仕えの女として忙しい大晦日おおみそかをはたらくことになった。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
場面は、——綴り方の女生徒のおとッつぁんのブリキ屋の職人が、大晦日おおみそかだというのに親方から金が払って貰えず、一文無しで正月を迎えねばならない。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
私はそれどころでなく書きに書いて心積りした通り首尾よく大晦日おおみそかの除夜の鐘の鳴り止まぬうちに書き上げた。
健康三題 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
文明ぶんめい十七年十二月の大晦日おおみそかに、不意討ちをかけて城をのっとったので、掃部介かもんのすけ殿も討死なさったのであります。
こういう手紙が大晦日おおみそかの晩についた。野老は小生の老父で、安政三年すなわち一八五六年生まれ、取って六十九になる。小生は子供の時分この父を尊敬した。
蝸牛の角 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
それから十年っていたある年の大晦日おおみそかの晩で、長い学校生活を終わった伊東の数人の仲間が京橋きょうばしのビヤホールで何軒目かの梯子酒はしござけをやっているときだった。
暴風雨に終わった一日 (新字新仮名) / 松本泰(著)
ついでにいう、奥州の和淵神社は大晦日おおみそかに鰹と鮭の子を塩して供え、正月十八日に氏子が社家に集り鰹と鮮魚を下げて食い、二十八日に鮭の子を卸して食う。
新社長は、大晦日おおみそかに近いある晩、古い報知新聞の関係者数十名を会席に招待して、就任の挨拶をした。
春宵因縁談 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
大晦日おおみそかの雨はこの附近もひどかったらしく、木の根元に大孔を穿けているので思うように飛ばせない。
単独行 (新字新仮名) / 加藤文太郎(著)
昨晩の大晦日おおみそかには可なりの夜深しをしたものだから、朝起きたのは六時であった。炉へ火をたきつけて自在へ旧式の鉄の小鍋を下げて、粗朶そだを焚いてお雑煮を煮初めた。
大晦日おおみそかもそろそろ近づいた或午後、玄鶴は仰向あおむけに横たわったなり、まくらもとの甲野へ声をかけた。
玄鶴山房 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「お父つぁんが大晦日おおみそかの晩にまた倒れて、こんどこそどんな名医でもだめだって云われたからよ」
五瓣の椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
あるいはかねて元日に両宮を拝むつもりで、大晦日おおみそかに小俣に著くように計画したのかも知れない。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
昭和八年十二月三十一日、大晦日おおみそかの夜も、博士と清君は遅くまで研究所に閉じこもっていた。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
その年の暮はさほど寒さもはげしくはなく、もう二、三日で大晦日おおみそかが来ようというころになった。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
萎縮腎は一時くなりましたので、大晦日おおみそかには米や野菜を持って箱根へ湯治とうじにまいりました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
ところがどうでしょうその年の大晦日おおみそかになって、煤払いをしたところ、なくなったと思った新鋳しんぶきの小判が畳の下から出て来たそうで。さあさすがの大屋さんも参りましたねえ。
猿ヶ京片耳伝説 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
東京などに、大晦日おおみそか蕎麦そばもしくは引っ越しの蕎麦ということあるは、音調上にはあらずして、その蕎麦の形の上よりきたれる連合にして、連続すなわちつづくことを表するなり。
妖怪学 (新字新仮名) / 井上円了(著)
一時間たつかたたぬに、もう大晦日おおみそかという冬の夜ふけの停車場、金剛杖こんごうづえ草鞋わらじばきの私たちを、登山客よと認めて、学生生活をすましたばかりの青年紳士が、M君に何かと話しかける。
雪の武石峠 (新字新仮名) / 別所梅之助(著)
その年の暮れ頃でしたでしょうか? 大晦日おおみそか近くに帰って来て、翌年の三月時分頃まで家でブラブラして、四月の新学期から許されて、やっとどうやら学校へも通えるようになりました。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
大晦日おおみそか迄には是非とも二百六十両の金を並べなければ済まねえから、種々いろ/\考えたが、此の晦日前ではい工夫もつかず、主人に対して面目ないし、自分のたのしみをして主人の金を遣い果たして
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「なんですよ、おっかさん、今度は非常の大猟だったそうで、つい大晦日おおみそかの晩に帰りなすったそうです。ちょうど今日は持たしてやろうとしておいでのとこでした。まだ明日あすししが来るそうで——」
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
「それも大晦日おおみそかの晩だったそうです」
ガラマサどん (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
二十一年の十二月の大晦日おおみそかの晩
大晦日おおみそかの夜
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
次にはきのうの夕方——五条大橋の大晦日おおみそかの人だかりのなかで、その吉岡門の者が、三、四名して打ち建てて去った高札の表である。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
子供はまた「旦那のきらい大晦日おおみそか」という毬歌まりうたをうたった。健三は苦笑した。しかしそれも今の自分の身の上には痛切に的中あてはまらなかった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)