土筆つくし)” の例文
殊に三月の末であったか、碧梧桐一家の人が赤羽あかばね土筆つくし取りに行くので、妹も一所に行くことになった時には予まで嬉しい心持がした。
病牀苦語 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
下るべき水は眼の前にまだゆるく流れて碧油へきゆうおもむきをなす。岸は開いて、里の子の土筆つくしも生える。舟子ふなこは舟をなぎさに寄せて客を待つ。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
昼御飯の代りに煮抜にぬきたべながら、大仏殿の屋根から生駒山いこまやまの方見てますと、「この前わらび土筆つくしたんと採ったわなあ、姉ちゃん」
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
心はふさがれている。昼間べか舟で「長」と妙見島へ渡り、土筆つくしんぼを摘んだ。柳も折って来た。慰まない。寝よう。(四、四)
一方にはここに説かんとする虎杖いたどりまたは土筆つくしごとく、丘を越えるともう異なった称呼を、帯びているもののあることである。
私たちも一面に蒲公英たんぽぽ土筆つくしの生えている堤の斜面に腰を下して、橋の袂の掛茶屋で買ったあんパンをかたみに食べた。私たちもまだおさなかった。
桜林 (新字新仮名) / 小山清(著)
土筆つくし蒲公英たんぽぽの岡の邊や、街道の馬糞や、路傍の切れ草鞋から、陽炎の立つ柔らかな日の光の下で種々の香が蒸し出される。
努力論 (旧字旧仮名) / 幸田露伴(著)
あの杉菜も矢ツ張り土筆つくしと同じやうに、袴穿いてよるやろ。しかも土筆つくしと違うて、細い枝に一分おきか半分おきに袴や。
父の婚礼 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
丘はまだはだら雪で蔽われているのに、それを押しのけるようにして土筆つくしが頭をだす。去年こぞの楢の枯葉を手もて払えば、その下には、もう野蒜のびるの緑の芽。
葡萄蔓の束 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
おたあちやんは、三又土筆つくしが自分に見つからないで、おきいちやんに見つかつたことが口惜くて口惜くて、友達も仲よしもなくなつて了つたのでした。
虹の橋 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
ある太郎たろうは、野原のはらへいってみますと、ゆきえたあとに、土筆つくしがすいすいと幾本いくほんとなくあたまをのばしていました。
大きなかに (新字新仮名) / 小川未明(著)
□二月十二日、家々にて浚井いどかえし女子は井の水を汲んで額を洗ふ、如此かくのごとくすれば疾病を免るゝとなり、この月や土筆つくし萌出、海棠・春菊・百合の花満開し蟋蟀こおろぎ鳴く。
見ると図に示すごとき土筆つくしのような形をした毛でして、私は今まで一度もこんな毛を見たことがありません。
髭の謎 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
土筆つくしばう二人連ふたりづれで頭をもたげるやうに、偉い主人は屹度きつと秀れた家来を連れて出るものなのだ。熊本の名君細川霊感公の家来に堀勝名かつなが居たのもちやうどそれである。
ああ四十年のむかしわれはこの細流のほとりに春は土筆つくしを摘み、夏は蛍をちまた赤蛙を捕へんとて日の暮るるをも忘れしを。赤蛙は皮を剥ぎ醤油をつけ焼く時は味よし。
礫川徜徉記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
低い土手がずっと廻って、そこにも四、五本松の大木がありました。その土手には春はすみれが咲き、土筆つくしなどもぽつぽつ出るので、そこらの子供が這い上っては遊びました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
京洛中は、ここから一望ひとめだった。膝を抱いている身のそばには、土筆つくしがあたまをそろえていた。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
片方の手は其刹那せつなに伸びて、土筆つくしを抜くよりも容易に引抜いて自分のポケットへ納めて居た。
乗合自動車 (新字新仮名) / 川田功(著)
影は、土筆つくしがそだつやうに伸びて行くのであつた。夜が更けて月が傾いてゆくからなのだ。
センチメンタル・ドライヴ (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
すみれ土筆つくし、たんぽぽの黄にまじる白のサフランの、丘のうしろは切ったての崖が、雲の脚から谷底になだれ落ちて、今年の冬まではとても保ちそうにもない板張りの田舎家の
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
射し込んでいる陽光ひかりは、地上へ、大小の、円や方形の、黄金色こがねいろの光の斑を付け、そこへ萠え出ている、すみれ土筆つくしなずなの花を、細かい宝石のように輝かせ、その木洩こもかよの空間に
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
などという手紙を添え、わらび土筆つくしを風流なかごに入れ、その説明としては
源氏物語:50 早蕨 (新字新仮名) / 紫式部(著)
土筆つくしのたけのゆびしろう、またうつつなげに草をみ、摘み
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一月七日 土筆つくし会。小諸山廬。
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
土筆つくし、よもぎをつむ。
「光子さん、そんな事してたらりがないよってわらびでも採りに行きまひょ。わたしこの山に蕨や土筆つくしのたんとえてるとこよう知ってるわ」
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
二人はたわいもなく笑ひ興じながら村境を湖の方へ流れてゐる小川のどてへまゐりました。そこから二人は堤に添ふて、はしやぎながら土筆つくしを採つてゆきました。
虹の橋 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
左右の岸には土筆つくしでも生えておりそうな。土堤どての上には柳が多く見える。まばらに、低い家がその間から藁屋根わらやねを出し。すすけた窓を出し。時によると白い家鴨あひるを出す。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
昼間雨をおかして「沖」の方へ土筆つくしを摘みに行った。桜も柳もポプラも若葉になろうとしていた。
「日本にだけあって、フランスにない花を見たくなると、息苦しくて、どうしていいかわからなくなるの……いぜん、母と二人で、土筆つくしを摘みに、エトルタへまいりましたわ」
野萩 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
杉菜が畠に入ると飛び上るほども農夫が騒ぐのは、一つには根が深くて除きにくいためもあるが、それがまた土筆つくし採りの子供を誘引して、うねを踏み荒される気づかいもあるからであった。
おののく手につかみ出したのは、土筆つくし屋の店でふと手に入れた例の手紙である。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
其の牢屋の跡には雜草が生ひ茂つて、春は村の子供等が土筆つくしんでゐる。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
手許てもとたけのびた影のある、土筆つくしの根をこころ
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
七月三日 土筆つくし会。鎌倉草庵。
六百句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
おたあちやんは、三又土筆つくしのことをお母さんに話してしまほふかと思ひましたが、それでは却つてお母さんに心配をかけるだらうと、一人で胸をいためて居りました。
虹の橋 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
フォルチャ・ヘテロフィラと呼ばれる三畳紀の松柏類やポトザミテスという中世代の蘇鉄類がしんしんと繁り、その根元には、網羊歯グロッソプテリス土筆つくしのたぐいが足の踏み場もないほどはびこっている。
地底獣国 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
そうして野に出て土筆つくしを採る際には
「首が咲いたね、土筆つくしみたいに」
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)