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菅江真澄
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すがえますみ
ふりがな文庫
“
菅江真澄
(
すがえますみ
)” の例文
菅江真澄
(
すがえますみ
)
、本名は白井英二秀雄、天明の初年に二十八で故郷の三河国を出てしまってから、
出羽
(
でわ
)
の
角館
(
かくのだて
)
で七十六歳をもって歿するまで、四十八回の正月を雪国の雪の中で
雪国の春
(新字新仮名)
/
柳田国男
(著)
近世の例としては
菅江真澄
(
すがえますみ
)
翁の日記、若い頃尾張で聴いたといって次のような話を載せている。
野草雑記・野鳥雑記:02 野鳥雑記
(新字新仮名)
/
柳田国男
(著)
菅江真澄
(
すがえますみ
)
の『遊覧記』三十二巻の下、北秋田郡の黒滝の山中で路に迷った条に
山の人生
(新字新仮名)
/
柳田国男
(著)
われわれのなつかしく思う
菅江真澄
(
すがえますみ
)
なども、暖かい三河の海近い故郷を、二十八、九のころに出てしまって、五十年近くの間秋田から津軽、外南部から
蝦夷
(
えぞ
)
の松前まで、次から次へ旅の宿を移して
雪国の春
(新字新仮名)
/
柳田国男
(著)
津軽の人が百二三十年前に書いた『
奥民図彙
(
おうみんずい
)
』には、一二彼らが奇習を記し、
菅江真澄
(
すがえますみ
)
の『遊覧記』の中にも、北秋田の山村のマタギの言葉には、犬をセタ、水をワッカ、大きいをポロというの類
山の人生
(新字新仮名)
/
柳田国男
(著)
“菅江真澄”の解説
菅江 真澄(すがえ ますみ、宝暦4年〈1754年〉 - 文政12年7月19日〈1829年8月18日〉)は、江戸時代後期の旅行家、本草学者。本名は白井秀雄(幼名は英二)、知之・秀超などとも名乗った。文化年間半ば頃から菅江真澄(真栖・真隅とも)を名乗った。墓碑銘(下記参照)から宝暦3年生年説もある。
(出典:Wikipedia)
菅
漢検準1級
部首:⾋
11画
江
常用漢字
中学
部首:⽔
6画
真
常用漢字
小3
部首:⽬
10画
澄
常用漢字
中学
部首:⽔
15画
“菅江”で始まる語句
菅江