“後嵯峨”の読み方と例文
読み方割合
ごさが100.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
後深草の皇后、西園寺公子(さいおんじきんこ)は、父帝後嵯峨(ごさが)の未亡人——皇太后の姞子(よしこ)——の妹であったから、叔母甥(おい)の仲であり、叔母が妻でもあったのだ。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
雲巌寺は開基五百余年の古寺(ふるでら)で、境内に後嵯峨(ごさが)天皇の皇子(おうじ)仏国(ふつこく)国師(こくし)の墳墓がある。
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
「皇統の選びなどは、わが家のことに過ぎん。——後嵯峨(ごさが)このかた、九十年もの間、幕府の鼻息(びそく)を恐れて、いちいちそれに問うて来たなど、愚の限りぞ」
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)