三十六さい右近衛権少将うこんえごんしょうしょうにせられた家康の一門はますます栄えて、嫡子ちゃくし二郎三郎信康が二十一歳になり、二男於義丸おぎまる秀康ひでやす)が五歳になった時、世にいう築山殿つきやまどの事件が起こって
佐橋甚五郎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)