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うめのじよう
ふりがな文庫
“うめのじよう”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句
割合
右馬之丞
50.0%
右馬允
50.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
右馬之丞
(逆引き)
見知り人が多勢あつて、牛込御門内に住んでゐられる三百石の御旗本本多三四郎樣の御舍弟、
右馬之丞
(
うめのじよう
)
樣と申すことですが、人を
銭形平次捕物控:193 色若衆
(旧字旧仮名)
/
野村胡堂
(著)
「殺されたのは本多三四郎樣の御舍弟
右馬之丞
(
うめのじよう
)
とかいふさうだが、お前も知つてゐるだらう——世間の噂では」
銭形平次捕物控:193 色若衆
(旧字旧仮名)
/
野村胡堂
(著)
「本多三四郎の御舍弟
右馬之丞
(
うめのじよう
)
といふのを知つてるだらうな」
銭形平次捕物控:193 色若衆
(旧字旧仮名)
/
野村胡堂
(著)
うめのじよう(右馬之丞)の例文をもっと
(1作品)
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右馬允
(逆引き)
最甚
(
もつともはなはだ
)
しい一例は、江戸への使者を、初に森正左衞門に命じ、次いで月瀬
右馬允
(
うめのじよう
)
に改め、又元の森に改め、
終
(
つひ
)
に坪田正右衞門に改めたのである。
栗山大膳
(旧字旧仮名)
/
森鴎外
(著)
喜多村
緑之丞
(
ろくのじやう
)
、加藤彌三之丞、金出宿には黒田監物、黒田平吉、林
掃部
(
かもん
)
、村山角右衞門、野口左助、喜多村
勘解由
(
かげゆ
)
、宰府口には毛利左近、月瀬
右馬允
(
うめのじよう
)
、
衣笠因幡
(
きぬがさいなば
)
、大音六左衞門、菅勘兵衞
栗山大膳
(旧字旧仮名)
/
森鴎外
(著)
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