みだ)” の例文
みだりに他の階級の人に訴えるような芸術を心がけることの危険を感じ、自分の立場を明らかにしておく必要を見るに至ったものだ。
広津氏に答う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
その事なれば及ばずながら、某一肢の力を添へん。われ彼の金眸きんぼう意恨うらみはなけれど、彼奴きゃつ猛威をたくましうして、余の獣類けものみだりにしいたげ。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
これはいわゆる別紙口伝で、これを受ける者は天地神明に誓い、みだりに他言しないという誓紙を入れて伝授を受けるしきたりとなった。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
名門の女子深窓に養われて、かたわらに夫無くしては、みだりに他と言葉さえ交えまじきが、今日朝からの心のうちけだし察するにあまりあり。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
御者は先刻さっきから時間の遅くなるのを恐れるごとく、せばいいと思うのに、みだりなるむちを鳴らして、しきりに痩馬やせうましりを打った。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
多くの本をみだりに読むことをしないで、一冊の本を繰り返して読むようにしなければならぬと教えている。それは、疑いもなく真理である。
如何に読書すべきか (新字新仮名) / 三木清(著)
「茶は高貴の人に応接するが如し、烹点ほうてん共に法をみだればその悔かへるべからず」これが、彼の茶に対するときの心構へであつた。
上田秋成の晩年 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
「赤山などみだりに重罪にしては——家中の者が動揺して、軽輩共が、又、二の舞を起してはならんから——蟄居ちっきょか、謹慎ぐらいにして——」
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
この人には主観から来るゆがみもなく、ロマンティックなみだりな燃焼もない。現存大家中、コルトーなどと対蹠的な存在と言ってもいいだろう。
霊験の有無はひとえに仏心のこととして、これを人為の業にのせてみだりに公示教説せぬのが、信心の床しさであろうに。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
今回桜井書店主人のもとめを快諾してその中の興趣ありとみだりに自分勝手に認めるもの三十七題を択んで、ここにこれをこの一書にまとめ読書界に送った。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
「君子も固より窮することがある。だが、小人と異るところは、窮してもみだれないことだ。」(陳蔡の野参照)
論語物語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
支倉の家に女中をしているうちに行方不明にでもなったのなら格別、病気の為に暇を取って帰ってからの事だとすると、みだりに支倉を疑う訳には行かない。
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
その条項はみだりにこれを紛更するを許さない。また勝手に曲解してもならぬ。その規定するところの条文には最も忠実に従わねばならぬこともちろんである。
奉仕中の采女には厳しい規則があってみだりに娶ることなどは出来なかった、それをどういう機会にか娶ったのだから、「皆人の得がてにすとふ」の句がある。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
それは長い間の代々の記憶の堆積たいせきだともいえよう。みだりに図柄を工夫することは許されていない。否、その自由があったならむしろ筆は運ばなかったであろう。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
果して将校に準ずべきか。兵卒を以てこれを待つ者は礼を知らざるのはなはだしきなり。果して兵卒に準ずべきか。将校を以てこれを待つ者は法をみだるの甚だしきなり。
従軍紀事 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
世間幾多の平坦なる真理を唱ふるものゝ中には、平坦を名としてみだりに他の平坦ならざるものを罵り、自からおもへらく、平坦なるものにあらざれば真理にあらずと。
国民と思想 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
この特色ある天然の持ち味を軽視して、みだりに人為を施し、味のカクテルをつくって得たりとするがごときは、けだし、自然の味を冒涜するものであるとせねばならぬ。
料理の妙味 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
上院議員も会社重役も大したことはないが、ただ厄介なのは高貴な血を引く相手だけに、民間探偵としてはその筋の諒解なしには、みだりに手をつけられぬことであった。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
既に彼を存するの風をおとし俗をみだ所以ゆゑんなるを知り、彼を除くの老をたすけ幼を憐む所以なるを知る。是に於て予が殺害の意志たりしものは、おもむろに殺害の計画と変化し来れり。
開化の殺人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
保安上ほあんじやう容易よういならぬ問題もんだいであるといふので(それにみだりに神社呼じんじやよばはりをこと法律はふりつゆるさぬところでもあるので)奉納ほうのう旗幟はたのぼり繪馬等ゑまとうてつせしめ、いはやから流出りうしゆつする汚水をすい酌取くみとるをきん
人類文化発達史上から見た人間の最大欠点は、物ごとをみだりに複雑にしたことでした。
人工心臓 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
すべからく原文の音調を呑み込んで、それを移すようにせねばならぬと、こう自分は信じたので、コンマ、ピリオドの一つをもみだりに棄てず、原文にコンマが三つ、ピリオドが一つあれば
余が翻訳の標準 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
老人ばかりがこんな叱言こごとを云うのかと思うと、満更そうでもないとみえて、頃来大阪朝日の天声人語子は、府の役人が箕面みのお公園にドライヴウェーを作ろうとしてみだりに森林を伐り開き
陰翳礼讃 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
幽明ゆうめい物心ぶっしん死生しせい神人しんじんの間をへだつる神秘の一幕いちまくは、容易にかかげぬ所に生活の面白味おもしろみも自由もあって、みだりに之を掲ぐるのむくいすみやかなる死或は盲目である場合があるのではあるまいか。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
もって窮すとなさば、君子ももとより窮す。ただ、小人は窮すればここにみだる。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
これ如何いかに其の方の荷物が紛失ふんじつしたとてみだりに他人たにんを賊といっては済まんぞ、いやしくも武士ぶしたる者が他人ひとの荷物を持っておのれの物とし賊なぞを働く様なる者と思うか、手前は拙者を賊に落すか
赤城躑躅つつじの俗称あるアカヤシオは、元は古木が多く、花時には頗る美観を呈したものであるが、みだりに伐採した結果今は岩崖などの到り易からぬ所に残存するのみで、昔の面影は失われてしまった。
もしまた当地滞留中いささかも行いをみださなんだら、和女そなたわれに五百金銭を持って来なとかけをした。それからちゅうものは前に倍してしげく来り媚びへつらうに付けて、商主ますます心を守って傾く事なし。
政論上においてはみだりに英国の風を学ばざるの傾きあり。
近時政論考 (新字新仮名) / 陸羯南(著)
さわぐな。みだりに私語するな」
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
酒次第に廻りて、席やうやみだ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
見ろ、あの竜宮に在る珠は、悪竜がまとめぐって、その器に非ずしてみだりに近づく者があると、呪殺すと云うじゃないか。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
儒学じゅがく最盛期さいせいき荻生徂徠おぎゅうそらいみだりに外来の思想を生嚼なまかじりして、それを自己という人間にまで還元することなく、思いあがった態度で吹聴ふいちょうしているのに比べると
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
又五郎を討つならみだりに、私闘を行った罪として、処分されなくてはならぬし、この明白な事を知りながら、助太刀に出たわしも、処分されなくてはならぬ。
寛永武道鑑 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
日本の学者がまずこれを取り上げてその斉墩樹をみだりに我がエゴノキだと考定したのはかの小野蘭山で、すなわち彼れの著『本草綱目啓蒙』にそう書いてある。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
されども漢語の必要ありとのみにてみだりに漢語を用ゐ、ために一句の調和を欠かば佳句とは言はれじ。
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
我々如きがみだりに批評するなどは、僭越に過ぎるかも知れぬが、常々良寛様に親しみと尊敬とを持っている一人として、感ずるところを、一応述べさせて貰うことにする。
「紫野」は染色の原料として紫草むらさきを栽培している野。「標野」は御料地としてみだりに人の出入を禁じた野で即ち蒲生野を指す。「野守」はその御料地の守部もりべ即ち番人である。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
みだりに道法を劃出して、この境を出づれば劣なり、この界を入れば聖なりと言ふは何事ぞ。
向うの好意をけて、相当の満足を先方に与えるのは、こちらもよろこばしいが、受けるべき理由がないのに、みだりに自己の利得のみを標準めやすに置くのは、乞食と同程度の人間である。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
訊ねて來た男があつた——が、南部兵粮丸は天下知名の祕藥ぢや。臣下といへどもみだりに知ることは相成らぬ。殊に、泰平の今日、兵粮丸などはまづ世に出ぬ方が宜いとしたものであらう
然し、いくら警察でも、犯人嫌疑者を、みだりに作ることは出来ません。
新案探偵法 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
またみだりに予の動くことは、巷間こうかんいたずらに噂と新聞紙上をにぎわせて、そなたのためにあらぬ揣摩しま臆測を増させるのみであろう。よってすべてを、この書信に託する。この書信を、予と語るものと思われよ。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
「それは無論君子にだってある。しかし君子はみだれることがない。濫れないところに、おのずからまた道があるのじゃ。これに反して、小人が行詰ると必ず濫れる。濫れればもう道は絶対にない。それが本当の行詰りじゃ。」
論語物語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
もしみだりに斬込んで、奉行の手で邪魔が入ったり、討ったとしても後で不利益だったりしてもつまらぬし
鍵屋の辻 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
訊ねて来た男があった——が、南部兵糧丸は天下知名の秘薬じゃ。臣下といえどもみだりに知ることは相成らぬ。ことに、泰平の今日、兵糧丸などはまず世に出ぬ方がよいとしたものであろう
「無論、串戯ではないがね、女言みだりに信ずべからず、半分は嘘だろう。」
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
けれども彼はみだりなさし出口はしなかった。いささかでも監督に対する父の理解を補おうとする言葉が彼の口から漏れると、父は彼に向かって悪意をさえ持ちかねないけんまくを示したからだ。
親子 (新字新仮名) / 有島武郎(著)