音信おとず)” の例文
何もも忘れ果てて、狂気の如く、その音信おとずれて聞くと、お柳はちょう爾時そのとき……。あわれ、草木も、婦人おんなも、霊魂たましいに姿があるのか。
木精(三尺角拾遺) (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
さびしい生活、荒涼たる生活は再び時雄の家に音信おとずれた。子供を持てあましてやかましくしかる細君の声が耳について、不愉快な感を時雄に与えた。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
十月の声を聞くと、満天下の秋は音信おとずれて、膚寒い風が吹き初めました。赤耀館の庭のあちこちにある楓の樹も、だんだん真赤に紅葉をして参りました。
赤耀館事件の真相 (新字新仮名) / 海野十三(著)
父はやがてその盲目めくらの家を音信おとずれた。行く時に男は土産みやげのしるしだと云って、百円札を一枚紙に包んで水引をかけたのに、大きな菓子折を一つ添えて父に渡した。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
さてきょう実行すると極めて、心が落ち着くと共に、潜っている温泉宿の布団の中へ、追憶やら感想やら希望やら過現未かげんみ三つの世界から、いろいろな客が音信おとずれて来る。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
それで一旦忘れかけたイサク殺しの一件が人々の間に甦えり、ひとしきり噂をされたけれど、やがて再び忘れられた。斯うして春も夏も過ぎ秋草の花が咲き乱れる初秋の季節が音信おとずれて来た。
死の復讐 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
庫裡くり音信おとずれて、お墓経をと頼むと、気軽に取次がれた住職が、納所なっしょとも小僧ともいわず、すぐに下駄ばきで卵塔場へ出向わるる。
夫人利生記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
年の暮れを一室ひとまこもって寝て送った。母親は心配して、いろいろ慰めてくれた。さいわいにして熱はれた。大晦日おおみそかにはちょうど昨日帰ったという加藤の家を音信おとずるることができた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
やがて師走しわす音信おとずれて来た。
北斎と幽霊 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ふと蓮葉はすはに、ものを言つて、夫人はすつと立つて、対丈ついたけに、黒人くろんぼ西瓜すいかを避けつゝ、鸚鵡のかごをコト/\と音信おとずれた。
印度更紗 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
その跫音が、他の跫音と共に、澄まして音信おとずれれば、(お帰んなさい。)で、出て来るは定のもの。分けて、お妙の事を、やきもき気を揉んでいる処。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ちょうどこの小さな散際ちりぎわの柳をあてに、柳屋へ音信おとずれたので、葉が一斉になびくと思うと、やがて軍鶏の威毛おどしげおののゆらいで、それから鶏を手から落した咄嗟とっさ
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
若布わかめの附焼でも土産に持って、東海道をい上れ。恩地の台所から音信おとずれたら、叔父には内証で、居候の腕白が、独楽こまを廻す片手間に、この浦船でも教えてやろう。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
くれないあけぼの、緑の暮、花のたかどの、柳の小家こいえ出入ではいりして、遊里にれていたのであるが、可懐なつかしく尋ね寄り、用あって音信おとずれた、くさきざきは、残らずかかえであり、わけであり
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
去んぬる年、一葉女史を、福山町の魔窟に訪ねたと同じ雑誌社の用向きで、中洲の住居すまい音信おとずれた事がある。府会議員の邸と聞いたが、場処柄だろう、四枚格子の意気造り。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
いま一にん忍々しのびしのび音信おとずるる玉司子爵夫人竜子であるが、姫は一夜、墓前において、ゆくりなく三人の学士にあった時、あいを請うもののごとく、その自分がここにもうずることは
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
世を避けた仙人がを打つ響きでもなく、薄隠すすきがくれの女郎花おみなえしに露の音信おとずるる声でもない……音色ねいろこそ違うが、見世みせものの囃子と同じく、気をそそって人を寄せる、鳴ものらしく思うから
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
卯の花のたえ間をここに音信おとずるるものは、江戸座、雪中庵の社中か、抱一ほういつ上人の三代目、少くとも蔵前の成美せいびの末葉ででもあろうと思うと、違う。……田畝たんぼに狐火がともれた時分である。
開扉一妖帖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
吹雪の下に沈める声して、お若が寮なる紅梅のかどしずか音信おとずれた者がある。
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)