鍵盤けんばん)” の例文
ピアノの鍵盤けんばんとピアノの音とが、銅鑼どらのクローズアップとその音とに交互にカットバックされるところなどあったように記憶する。
映画芸術 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ひとりごちながら、いたずらの様に、白い鍵盤けんばんをポンと叩いて見た。すると、ギーンという様な、少しも余韻よいんのない、変てこな音が聞えた。
恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そして一緒に母屋へ戻ると、悦子だけを二階へって、自分は応接間へ這入って行き、ピアノの前に腰掛けて鍵盤けんばんふたを開けた。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
この満場つめも立たない聴衆の前で椿岳は厳乎しかつべらしくピヤノの椅子いすに腰を掛け、無茶苦茶に鍵盤けんばんたたいてポンポン鳴らした。
あたかもキーのなくなってる鍵盤けんばんの上では音が出ないように、彼女の言葉の一部は喉頭こうとうからくちびるへ来る途中で消えてしまった。
彼は一人きりである。ピアノを開き、椅子いすを近寄せ、その上にすわる。肩が鍵盤けんばんの高さになる。それだけでもう十分だ。
果てはハンケチで鍵盤けんばんおおったまま、その上から少しの間違いもなく難曲を征服し、さらに各種の楽器を演奏したうえ、奇術的にさえ見えることまでも試みたのであった。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
彼女のひざの、夏草模様に、実物剥製はくせいちょうが、群れ飛んでいるあたりを、其処そこに目に見えぬ鍵盤けんばんが、あるかのように、白い細い指先で、軽くしなやかに、打ち続けているのだった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
そしていったかと思うと、気が違ったようにピアノの鍵盤けんばんが、鳴り出して……。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
新田にったは俊助にこう云ってから、三人を戸口に残して置いて、静にオルガンの側へ歩み寄った。が、令嬢はまるでそれに気がつかないかのごとく、依然として鍵盤けんばんに指を走らせ続けていた。
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
好きな義太夫ぎだゆう三味線しゃみせんなどで、上手なき手の軽々したばちと糸とがもつれ合って離れないように、長くみ出した白いカフスの手が、どこまで霊妙に鍵盤けんばんらしきっているかと思われた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
世界は暗闇やみだと——そして光明だと指は鍵盤けんばんを走る……
太陽の子 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
ことに文句に絶えず頭を使いながらせき込んで印字機の鍵盤けんばんをあさる時、ひき慣れないむつかしい楽曲をものにしようとして努力する時
芝刈り (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
それは、音符をであり、音響をであり、鍵盤けんばんの上を走る自分の指をであり、神経の弦を刺激する弦の震えをであり、快感をそそるそのくすぐりをであった。
と、思うと、その白いろうのような繊手は、直ぐ霊活な蜘蛛くもか何かのように、鍵盤けんばんの上を、け廻り始めた。曲は、露西亜の国民音楽家の一人として名高いボロディンの譚歌バラッドだった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
明智は客間の大きな立型ピアノの前に立って、鍵盤けんばんふたを開けながら尋ねた。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
辰子はすぐに眼を伏せたが、やがて俊助の方へうしろを向けると、そっとピアノの蓋を開けて、まるで二人をとりまいた、薔薇ばらの匀いのする沈黙を追い払おうとするように、二つ三つ鍵盤けんばんを打った。
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
また女の捨てばちな気分を表象するようにピアノの鍵盤けんばんをひとなでにかき鳴らしたあとでポツンと一つ中央のCを押すのや
映画雑感(Ⅰ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
彼はその四、五歩にも足らない狭い室をすみから隅へ大股おおまたに歩いた。そしてピアノの前に立ち止まり、ふたを開き、楽譜を繰り広げ、鍵盤けんばんに手を触れて、言った。
適当なスケールさえ作ればこれは可能になる。たとえばピアノの鍵盤けんばんや、オストワルドの色見本は、言わばそういう方向への最初の試歩である。
感覚と科学 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
魂はその眼を見て、快い和音と同じ印象を受ける。かかる内的の音楽は、それを表現する音楽よりもはるかに豊富である。そして楽器の鍵盤けんばんは、それを演奏する鍵盤よりも劣っている。
鍵盤けんばんのアクションのぐあいの悪いのを一つ一つたんねんに検査して行く。これは見ていても気持ちのいいものである。かゆい所をかくに類した感じがある。
備忘録 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
気ままにピアノの鍵盤けんばんをたたきまわっても一つの音楽であるかもしれないがソナタにはならないと同様である。
連句雑俎 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)