言訳いいわけ)” の例文
旧字:言譯
一人は細いつえ言訳いいわけほどに身をもたせて、護謨ゴムびき靴の右の爪先つまさきを、たてに地に突いて、左足一本で細長いからだの中心をささえている。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
障子の破れに、顔が艶麗あでやかに口のほころびた時に、さすがにすごかつた。が、さみしいとも、夜半よなかにとも、何とも言訳いいわけなどするには及ばぬ。
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
いう、縁が切れても血統ちすじは切れない、それを私が手引きをして敵を討たなければ、お前は主人飯島様の家を立てる事が出来ないから、其の言訳いいわけうしてする
あげてそれもそうだとおもいますからあんさんのいう通りにしましょうといいましたきりべつに悪びれた様子もなければわざとらしい言訳いいわけなどもいたしませなんだ。
蘆刈 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ヤアどうも、君に議論を吹っかけるつもりじゃ毛頭もうとうなかったのですがネ、つい面白い原稿だねのない言訳いいわけに一寸議論のはしが飛び出して来たという次第なのですよ。——
壊れたバリコン (新字新仮名) / 海野十三(著)
「そいつは言訳いいわけだ、身に覚えのある者は、必ず一度は殺しの現場をのぞいて見たくなるものだよ」
汝が主謀しゅぼうと見ゆる、血気に任せてらぬ腕立うでだて、心なくもこの島田に殺生せっしょうさせた、ここに枕を並べた者共もみな一廉ひとかどの剣術じゃ、むざむざ犬死いぬじにさせて何と言訳いいわけが立つ、愚者おろかもの
読みて、何某は剛毅ごうきなり薄志弱行の徒は慚死すべしなどいふ所に到れば何となく我をそしりたるやうにおもはれて、さまざまに言訳いいわけめきたる事を思ふなり、かくまでに零落したる乎。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
「はア、泥無くなってしまって駄目だ」と由次は父親を見ると言訳いいわけのように呟いた。
(新字新仮名) / 犬田卯(著)
しかし貴族と馭者ぎょしゃとは違うのであるから、負債はどこまでも支払わなければならないことを言い聞かせれば、おそらく説得できるものと思ったので、結婚以来初めて祖父に言訳いいわけをしたり
これは一応我輩に対する言訳いいわけのお世辞であるとのみ思うていたが、この人はその後、自国の家を引払って仏国の南部に家を構えた。爾後じご二ヶ月たったかたたぬ間に同様の話を他の人から聞いた。
真の愛国心 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
私にはそれが、出まかせの苦しい言訳いいわけだとしか思えなんだ。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
床はあるが、言訳いいわけばかりで、げんふくも何もかかっておらん。その代り累々るいるいと書物やら、原稿紙やら、手帳やらが積んである。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
折角せっかくたのしみにして、嬉しがって来た女連おんなれんに、気の毒らしくって、私が言訳いいわけらしくそう言いますと
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
どうしてそんなにひどいことになったかというと、結局、その車室の目張が、言訳いいわけ的におそまつにしてあり、それも力を合わせず、めいめい勝手にやったための失敗だった。
空襲警報 (新字新仮名) / 海野十三(著)
船頭が麁相そそうで殿様を川へ落し、殿様は死去されたれば、手前は言訳いいわけがないから船頭は其の場で手打てうちに致したが、船頭ばかりでは相済まんぞ、亭主其の方も斬って仕舞うのだが
第一新聞にでも出ることあったら、何としてお前の親たちに言訳いいわけしょう。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
演説をする前に言訳いいわけがましい事をいうのははなはだ卑怯なようでありますけれども、大して面白い事も御話は出来ないと思いますし、また問題があっても
模倣と独立 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
やがて父親てておやむかえにござった、因果いんが断念あきらめて、別に不足はいわなんだが、何分小児こどもが娘の手を放れようといわぬので、医者もさいわい言訳いいわけかたがた、親兄おやあにの心をなだめるため
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
百両の金は実はおれ仕舞処しまいどころを違えて置いたのが、用箪笥ようだんすから出たから喜んでくれ、家来だからあんなにうたぐってもよいが、ほかの者でもあっては己が言訳いいわけのしようもない位な訳で、誠に申しわけがない
私よっぽど「誰に見られても男の人が附いて来るのんが一番わるい、三人だけやったらどないでも言訳いいわけ立つよって、あんたええ加減に帰んなさい。私に預けるいうときながら、あんた帰ってくれはれへんねんやったら私帰ります」
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
私は母に向かって言訳いいわけらしい言葉を使わなければならなかった。そうしてその言葉は母に対する言訳ばかりでなく、自分の心に対する言訳でもあった。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
まだまだそればかりでは自分に魔がしたようじゃけれども、ここに我身で我身に言訳いいわけが出来るというのは、しきりに婦人おんな不便ふびんでならぬ、深山みやま孤家ひとつや白痴ばかとぎをして言葉も通ぜず
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
言訳いいわけに困って腹を切るのは昔のことだが、どうもお前さんは太い人だねえ、清水の旦那を殺し、又作という奴に悪智あくちさずけて、屍骸しがいを旅荷に造り、佐野の在へ持ってき、始末をつけようとする途中
と、言訳いいわけのつもりで附け加えた。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
私はむしろ苦々にがにがしい気分で、遠くにいるあなたにこんな一瞥いちべつを与えただけでした。私は返事を上げなければ済まないあなたに対して、言訳いいわけのためにこんな事を打ち明けるのです。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
せめて土産みやげに敵情でも探つて来れば、まだ言訳いいわけもあるんだが、刻苦こっくして探つても敵の用心が厳しくつて、残念ながら分らなかつたといふならまだもじょすべきであるに、先に将校にしらべられた時も
海城発電 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
清「言訳いいわけをしようと思って腹を切んなすったかえ」
命のあるうちにとまた旧稿に向って見たが、なわは遅く、逃げる泥棒は早い。何一つ見やげも置かないで、消えて行くかと思うと、熱さえ余計に出る。これ一つまとめれば死んでも言訳いいわけは立つ。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)