物干ものほし)” の例文
南東みなみひがしいた二階はさいわいに明るかった。障子しょうじを開けて縁側えんがわへ出た彼女は、つい鼻の先にある西洋洗濯屋の物干ものほしを見ながら、津田をかえりみた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「何? 岡つ引を呼んで來た。飛んでもねえ、誰が、そんな細工をしやがつたんだ。物干ものほしが惡きア大工でも呼んで來るがいゝ」
要次郎に云はれて、おせきも思はず振り仰ぐと、向う側の屋根の物干ものほしの上に、一輪の冬の月は、つめたい鏡のやうに冴えてゐた。
特性としては、物干ものほしの柱に立てた丸太のてっぺんなどに羽を休めることである。さてその日も暮れかかってくると、普通のやんまがおびただしく集まってくる。
川びらきの当日、わたくしは、あかるいうちから物干ものほしに上り、火の見にあがって、遠く両国の空にあがるその美しい光りをたのしむだけで不足をいわなかった。
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
その役者たちは、幾日も熱心に物干ものほしに下りたとんびを見て研究したのだそうです。やがて高時の側へ来て、しきりにくちばしを動かすのは、舞を教えようというのでしょう。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
すると一人ひとり思付おもいつきに、この酒をの高い物干ものほしの上で飲みたいと云うに、全会一致で、サア屋根づたいに持出もちだそうとした処が、物干の上に下婢げじょが三、四人涼んで居る。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
そのあいだに四つの影だ、手を引き合うようにしていろは屋の物干ものほしから外へのがれ出た。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
正午ひる少しさがった頃、公園の見晴しで、花の中から町中まちなかの桜をながめていると、向うが山で、居る処が高台の、両方から、谷のような、一ヶ所空の寂しい士町さむらいまちと思う所の、物干ものほしの上にあがって
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
様子如何に? と見下ろします——ああ綺麗だ! 地境の隣にあたる浄音寺の境内から西がわの長屋の物干ものほし、質屋の黒塀のかげ、表通りを見れば忍川の水門尻のあたりまで、点、点、点、点
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
物干ものほしに富士やをがまむ北斎忌ほくさいき
自選 荷風百句 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
赤い更紗の風呂敷(これは今は東京ではめつたに見られない、風呂敷として染めて重に赤地へ黒と白との模樣があるもの)それから襁褓おむつといふものが軒下に干されてある……といふやうな錯雜した景色の後ろに——大阪風の棟數むねかずの多いごたごたした屋根の群の上に遙に聳やぎ立つ物干ものほしが見える。
京阪聞見録 (旧字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
隣の洗濯屋の物干ものほし隙間すきまなくつるされたワイ襯衣シャツだのシーツだのが、先刻さっき見た時と同じように、強い日光を浴びながら、乾いた風に揺れていた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
半七も物干ものほしへあがって、今夜からもう流れているらしいあまの河をながめていると、下から女房のお仙が声をかけた。
半七捕物帳:35 半七先生 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
うちの屋根と来たら、家主がケチでトン/\きが腐りかけているんだもの、物干ものほしの下なんか猫が歩いても踏み抜きそうよ、嘘だと思ったら、八五郎親分、あの屋根を渡ってみて下さい
が、見馴れぬものが少しでもあると、可恐こわがって近づかぬ。一日でも二日でも遠くの方へ退いている。もっとも、時にはこっちから、わざとおいでの儀を御免蒙ごめんこうむる事がある。物干ものほし蒲団ふとんを干す時である。
二、三羽――十二、三羽 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私は一案を工風くふうし、も虱を殺すに熱湯を用うるは洗濯婆せんたくばばあの旧筆法で面白くない、乃公おれが一発で殺して見せようと云て、厳冬の霜夜しもよ襦袢じゅばん物干ものほしさらして虱の親も玉子も一時に枯らしたことがある。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
その家の物干ものほしから斜に見える前の青楼の裏二階で酒宴の最中です。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
むこうに見える高い宿屋の物干ものほし真裸まっぱだかの男が二人出て、日盛ひざかりを事ともせず、欄干らんかんの上をあぶなく渡ったり、または細長い横木の上にわざと仰向あおむけに寝たりして
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
すてきに物干ものほしにぎやかだから、そっと寄って、隅の本箱の横、二階裏にかいうら肘掛窓ひじかけまどから、まぶしい目をぱちくりとってのぞくと、柱からも、横木からも、頭の上の小廂こびさしからも、あたたかな影をかし、羽を光らして
二、三羽――十二、三羽 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)