牝馬めうま)” の例文
竿立ちになっておどり上った二頭の早馬は、なんと剛気なことにも、二頭共々々揃いに揃って、あやかになやましい牝馬めうまなのでした。
ところがしばらくすると、またおとなりくに殿様とのさまから、信濃国しなののくにへお使つかいが手紙てがみってました。手紙てがみといっしょに二ひき牝馬めうまれてました。
姨捨山 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
その日の乗馬月輪つきのわは、栗毛の牝馬めうまであったという。後に、信長は愛馬二図の画を描かせて屏風びょうぶに作らせたが、その中にはこの一頭も描かれていた。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
また百濟くだらの國王照古王しようこおう牡馬おうま一疋・牝馬めうま一疋をアチキシに付けてたてまつりました。このアチキシは阿直あち史等ふみひとの祖先です。また大刀と大鏡とを貢りました。
こうしてイワンはよぼよぼの牝馬めうまを一匹だけ残され、以前まえ通り百姓をして両親を養って行きました。
イワンの馬鹿 (新字新仮名) / レオ・トルストイ(著)
とんちきな芸名までもらいやがって、歯のない牝馬めうまのうえにのっかったと思うと、もうあれ、あのとおり、自分の足を、ひんまげてしまった。ざまあみろというんだ。
爆薬の花籠 (新字新仮名) / 海野十三(著)
浮きたる方こそ樹末こずえなれ、根の方は木理きのめつみて自然おのずと重ければ下に沈むなりと答へけるに、天神はまた同じやうなる牝馬めうま二匹をゆびさして、那箇いずれが母か那箇が子か、と詰り問ひぬ。
印度の古話 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
私の胸には種々な記憶が浮びあがって来た。ファラリイスのこま三十四頭、牝馬めうま二百四十頭、牡馬おうままで合せて三百余頭の馬匹ばひつが列をつくって通過したのも、この原へ通う道だった。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ここにいえる騾は牡驢おのろ牝馬めうま間子あいのこ、駃騠は牡馬と牝驢の間子で、いずれも只今騾(英語でミュール)で通用するが、詳細に英語を用うると、騾がミュールで、駃騠がヒンニーに当る。
わしは勲章をもらった時に、そいつを見たがね、足の早い白い牝馬めうまだったよ。
虚無に向ひて突進する騎士の牝馬めうま
また国中くにじゅうの大さわぎになって、こんどこそうまくてて、御褒美ごほうびにありつこうとおもものが、ぞろぞろ殿様とのさま御殿ごてんへ、おとなりくにからた二ひき牝馬めうまに出かけました。
姨捨山 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
御仮屋おかりやの前のうまやには二百四十頭の牝馬めうまつないでありましたが、わけても殿下の亜剌比亜アラビア産にめあわせた三十四頭の牝馬と駒とは人目を引きました。この厩を四方から取囲とりまいて、見物が人山を築く。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
仔馬こうま牝馬めうまを曳いて人ごみの真ん中を通って来たので、往来の人たちは市の両側へ避けたが、頭巾ずきんのうえに塗笠ぬりがさをかぶって、眼もとばかり出して歩いて来た武家は、けることを知らなかった。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そしてはいなわも、たまいととおすことも、それから二ひき牝馬めうま親子おやこ見分みわけたことも、みんな年寄としより智恵ちえ出来できたことがかると、殿様とのさま今更いまさらのように感心かんしんなさいました。
姨捨山 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
牝馬めうま
若菜集 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)