瀬戸際せとぎわ)” の例文
聞えよがしに大きく叫んで、ひょいと欄干を飛越すと、いきなり、もんどりうって、船の小縁こべりにぶら下った。命の瀬戸際せとぎわ軽業かるわざだ。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
艇ははげしく震動し、尾部からは濛気もうきが吹きだす。この三十秒が、命の瀬戸際せとぎわだ。どうぞミミ族よ、気がつかないように……。
宇宙戦隊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
いのちの瀬戸際せとぎわになると、ふっと映画俳優を考えつくらしいのですが、僕は、それを神の声のように思っているのです。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
ずっと前から横恋慕をし、今日のような大事の瀬戸際せとぎわに、こんな所へおびき出し、はずかしめようとしたのでございます。……失礼ながらあなた様は?
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
一身の浮沈の瀬戸際せとぎわのように気味を悪がり、それで自分たちの立場を擁護するためには、能登守の頭を擡げないように、くぎを打ってしまわねばならぬと考えました。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
おのれ! 貴さまこそいぶかしい奴——他人の大事の瀬戸際せとぎわに、邪魔を入れようとしおって! 猛然として、圧迫をはじき返そうと、心で叫んだが、相手は、まるで
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
ばかな、このおおきなくまにおも存分ぞんぶんさけませるなんて、そんなさけがどこにあるか。かみさまは、この瀬戸際せとぎわで、おれが、どれほどの智恵者ちえしゃであるか、おためしなされたのだ。
深山の秋 (新字新仮名) / 小川未明(著)
戦地の寒空の塹壕ざんごうの中で生きる死ぬるの瀬戸際せとぎわに立つ人にとっては、たった一片の布片ぬのきれとは云え、一針一針の赤糸に籠められた心尽しの身にみない日本人はまず少ないであろう。
千人針 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
今日明日にもお城が落ちるか落ちぬかの瀬戸際せとぎわ、背に腹は替えられぬ場合とは申せ、忍びを使って敵の大将の寝首を缺かせようとなさるのみか、鼻を斬って来いと仰せられるとは
と聞くならば、退きならぬ瀬戸際せとぎわまであらかじめ押して置いて、振り返ってから、臨機応変に難関を切り抜けて行くつもりの計画だから、一刻も早く大森へ行ってしまえば済む。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
だが待てよ……ここは俺にゃ大事な瀬戸際せとぎわだ。せっかく今日、お綱を見かけてこれまで突きとめてきたものを、また関の山の時のように、とち狂われちゃ堪らねえ。まア、向うでそしらぬ顔を
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
万一救いの人々が駈けつけた場合ここで暫く食いとめて置けば、その僅かの相違が、穴蔵の玉村親子に取っては、生死の瀬戸際せとぎわだ。念には念を入れた賊の用意である。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
博士せんせい、わしの報復ほうふくるかどうかという瀬戸際せとぎわなんです。あに真剣にならざるをんやです」
軽業師かるわざしにやれるはなれわざなら、なんで人間にんげん生死せいし瀬戸際せとぎわにできぬというはずがありましょう。
僕はこれからだ (新字新仮名) / 小川未明(著)
しきりに指先でひたいつばをなすりつけている者もあり、いそがしげに財布を出して金勘定、一両足りぬとつぶやいてあたりの客をいやな眼つきでにらむ者もあり、いのちの瀬戸際せとぎわにも
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
私は夫があまり私の貞操を信じ過ぎないようにしてくれることを望む。私は夫の註文に応ずるためにギリギリの瀬戸際せとぎわまで試煉しれんに堪えて来たけれども、これからは自信が持てなくなっている。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
他の者達が、この瀬戸際せとぎわに意気を欠いたのは、是非もない。だが、われわれ三名だけは、たとえ最後の一人になっても、吉良が、鉄壁の固めをしようと、斬り入ろうと、誓った筈ではないかっ。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼女にしては、泥坊の汚名を着るか、自由の身になるかの瀬戸際せとぎわですから、怖がっている場合ではありません。山伝いに闇にまぎれて、Y町とは反対の方へ走りました。
湖畔亭事件 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
三吉は、危い瀬戸際せとぎわで、子分の足許を鼠のようにくぐりぬけると、扉の向うへ入ってしまったのだった。まさか自分の足許を潜るものがあろうとは、子分先生も思わなかった。
地中魔 (新字新仮名) / 海野十三(著)
あんじょう、彼はこの事件では、一時はまったく犯人のため飜弄ほんろうされ、死と紙一重かみひとえ瀬戸際せとぎわまで追いつめられさえした)のみならず、彼がこの事件に乗気のりきになったのには、もう一つ別の理由があったのだ。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)