可哀かはい)” の例文
しばらくして自分は千枝ちやんが可哀かはいさうになつたから、奥さんに「もうあつちへ行つて、母とでも話してお出でなさい」と云つた。
東京小品 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
爺さんは慈悲心の深い人でしたから、これを見ると可哀かはいさうでたまらなくなりました。そこで爺さんは人混みを押分けて前に出て申しました——
竜宮の犬 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
「まあ、なんといふ可哀かはいいお嬢様でございませう。あの薔薇の中に埋まつて入らつしやつたお美しさつてございませんね。」
薔薇 (新字旧仮名) / グスターフ・ウィード(著)
数へ切れぬ程沢山打てば十二時でひるだと云ふことを知つてゐる。最後の時計の音と同時に、可哀かはいらしい声が耳元で囁く。「おぢいさん、お午。」
老人 (新字旧仮名) / ライネル・マリア・リルケ(著)
考へてみると、お前の心はいかにも可哀かはいさうだ。わたしが少し力をかしてあげよう。こゝに無患子むくろじの実と銀のはちとがある。
シャボン玉 (新字旧仮名) / 豊島与志雄(著)
大勢通つていつたが、見物の衆だつたんぢやのう。うむ、可哀かはいさうなことぢやつたのう。お前さんは、又何故なぜそんなものを見に行かれたのぢや。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
可哀かはいさうだなあ。サルタノフを殺したのだから、掴まへられると、首がない。おい。早くボオトを一つ出して貰はう。
「セミヨン・セミヨンニツチユさん。あつちへ行つて、猿を見ませうね。わたし猿が大好き。中には本当に可哀かはいいのがありますわ。鰐は厭ですこと。」
丹子たんこの事も、ねえ、考へて見りや可哀かはいさうだし、あの子を始め阿母さんまで、私ばかりをたよりに為てゐるものを、さぞや私のい後には、どんなにか力も落さうし
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
それは放して飼つてあつて、ほばしらに昇つたり、船の底に這入つたりしてゐた。水兵が演習をすると、猿が真似をする。水兵はそれを見て面白がつて、皆で可哀かはいがつてゐた。
(新字旧仮名) / ジュール・クラルテ(著)
可哀かはいさうな、どくらしい、あの、しをらしい、可愛かはいむしが、なんにもつたことではないんですけれど、でもわたしかねたゝきだとおもひますだけでも、こほりころして、一筋ひとすぢづゝ
浅茅生 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
若いものにはさう云ふ事は向くまい。殊に女に可哀かはいがられる若いものにはと、主人は云つた。
復讐 (新字旧仮名) / アンリ・ド・レニエ(著)
ムンムスぢゝい。あれを見い。こんな長閑のどかな空を見たことがあるかい。木の葉や草花がこんなに可哀かはいらしく見えたことがあるかい。これからお前と二人でぶら/\歩いて別荘に往かう。
それから肱を曲げて、その上に可哀かはいらしい頭を載せて穏かに眠るのである。
クサンチス (新字旧仮名) / アルベール・サマン(著)
それにあのじやうの薄く我儘な私と三つ違いの異母姉ねえさんも可哀かはいい姿で踊つた。五歳いつつ六歳むつつの私もまた引き入れられて、眞白に白粉を塗り、派出はでなきものをつけて、何がなしに小さい手をひらいて踊つた。
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
「あゝ。聖者達の伝記で度々読んだ事があるが、悪魔が女の姿になつて出て来ると云ふのは本当か知らん。たしかに今のは女の声だ。しかもなんと云ふ優しい遠慮深い可哀かはいらしい声だらう。えゝ。」
云はば兄弟のやうなものではありませんか? どうかわたしたち親子も願ひますから、すこしは可哀かはいさうだと思つてやつて下さい。
長崎小品 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
そこで家来のものどもは、すぐに馬の尾一筋づゝを結んだ網をそこいら中に張りまはしますと、可哀かはいさうに子鶉は、すぐ捕はれてしまひました。
孝行鶉の話 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
出しよつたのさ。切つて味噌汁みそじるに入れて、喰べてしまはうかと思つたが、折角わしのそばへやつて来たのに、そんなことをするのも可哀かはいさうぢやと思うて……。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
スタニスラウスは妹の足の早いのを、慾望的な、現世的な努力を表現してゐるやうに感じて、妹を警醒するやうな口吻こうふんで、「兄は可哀かはいさうな男だつたな」と云つた。
祭日 (新字旧仮名) / ライネル・マリア・リルケ(著)
細君は小さい、可哀かはいらしい手を振つて、さも厭だと云ふ様子をして、己の前を遮つた。たつた今ブラシで掃除してやすりを掛けた爪には、薄赤い血が透き通つて見えてゐる。
わたしはたゞ、お前が可哀かはいさうだから教へてあげたのだ。その代り、よくおぼえておきなさい。この無患子の実がなくなると一しよに、お前の体もあわとなつて消えてしまふ。
シャボン玉 (新字旧仮名) / 豊島与志雄(著)
水兵仲間の一人は、この様子を見てゐて、忽然こつぜん一種の疑念を生じて、猿を連れて来た水兵に言つた。「猿は可哀かはいさうだな。やつぱりお主が処罰になつた方が面白かつたのに。」
(新字旧仮名) / ジュール・クラルテ(著)
兄弟や姉妹あねいもとがあつたか。それとも可哀かはいらしい子供もあつたかも知れない。
色が蒼くて、太つて、眉毛が一本もなくつて、小さい、鋭い、茶いろな目をしてゐるのです。若い方は、それまでつひぞ見たことのなかつた顔です。なんとも云へない、可哀かはいらしい顔なのですね。
(新字旧仮名) / グスターフ・ウィード(著)
可哀かはいい、不行儀な奴め。己はお前のお蔭で、生甲斐があるやうに思つてゐた。己の為めには時間が重苦しい歩き付きをしてならないのだが、あの女と付き合つてゐる間はひかげの移るのを忘れてゐた。
クサンチス (新字旧仮名) / アルベール・サマン(著)
ひとしく尽きる命数を、よしやちとばかり早めたと云つて、何事かあらう。可哀かはいい娘が復讐の旨味しみめるのを妨げなくても好いではないか。己は毎晩その恐ろしい杯を、微笑を含んで飲み干してゐる。
復讐 (新字旧仮名) / アンリ・ド・レニエ(著)
むごや、可哀かはいや、二百の人形
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
父 うん、あんまりその容子ようすが人間のやうに見えたもんだから、可哀かはいさうになつてよしてしまつたつて。
虎の話 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
笛吹がうつむき加減にしてゐる顔を見ながら、武士は可哀かはいさうだと思つた。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
「捨てられたんだな。可哀かはいさうだなあ。……おれが拾つていつてやらう。」
犬の八公 (新字旧仮名) / 豊島与志雄(著)
白状のついでに今一歩進んで言へば、己はあの唇に接吻する事も厭ではなかつた。実にあの唇は可哀かはいらしい。どうかしてにつこり笑ふと、赤い唇の間から、すぐつた真珠のやうな歯が二列に並んで見える。
紳士は可哀かはいらしくて、上品な体附きをしてゐた。
復讐 (新字旧仮名) / アンリ・ド・レニエ(著)
「ゐられなえたつて、仕かたがなえぢや。この中へ他人でも入れて見なせえ。広も可哀かはいさうだし、お前さんも気兼だし、第一わしの気骨の折れることせつたら、ちつとやそつとぢやなからうわね。」
一塊の土 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)