力瘤ちからこぶ)” の例文
「お前はまた、何んの引つ掛りで、お糸坊とやらに力瘤ちからこぶを入れるんだ。向柳原から神樂坂ぢや、唯の知合ひにしては遠過ぎやしないか」
そうかと言って、ここからでは弥次も飛ばせず、退屈まぎれに事のなりゆきを遠目に眺め渡して、むだな力瘤ちからこぶを入れるばかりです。
大菩薩峠:34 白雲の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
うん、田口卯吉うきちというのだ。あれなんぞが友達だったのだ。旧思想の破壊というような事に、恐ろしく力瘤ちからこぶを入れていたのだな。
里芋の芽と不動の目 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
徴兵の一件などにも力瘤ちからこぶを入れて尽力されたことなどが、彼に取っては面白く思わなかったのも人間としては無理ならぬことと思われます。
警官は力瘤ちからこぶけて、向うへ行ってしまいました。私はそのお医者さまの手をとらんばかりにして、兄の倒れている二階の室へ案内しました。
崩れる鬼影 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「免職に成ッて懐淋ふところざみしいから、今頃帰るに食事をもせずに来た」ト思われるも残念と、つまらぬ所に力瘤ちからこぶを入れて、文三はトある牛店へ立寄ッた。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
憐れな運命の持主に満腔まんこうの同情を寄せると同時に、そんな人々が正義の力によって救われて行く筋道を、自分の事のように力瘤ちからこぶを入れて読み続けた。
老巡査 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
二葉亭の文学というは満身に力瘤ちからこぶを入れて大上段おおじょうだんに振りかぶる真剣勝負であって、矢声やごえばかりをさかんにする小手先こてさき剣術の見せ物試合でなかったから
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
荒町にある村社諏訪すわ分社の禰宜ねぎ松下千里はもとより、この祭りを盛んにすることにかけては神坂みさか村小学校の訓導小倉啓助が大いに力瘤ちからこぶを入れている。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
人生のずれたところへ力瘤ちからこぶを入れて、わきめもふらない女の哀れな憎々しさ。それが、この自分にあるのだろうか。
風知草 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
ハイカラ的丸髷まるまげの亡者が徘徊はいかいするとの噂が町内に広がり、物好きの男が第一番に正体を見あらわしてやらんと、しようもないところに力瘤ちからこぶを入れ、一夜
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
「お前え、それから岸野がワザワザ小樽から出てきて、とッても青訓や青年団さ力瘤ちからこぶば入れてるッて知らねべ。」
不在地主 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
もっとも俺は、下品な育ちだから、って置かれても、実を結ぶのさ。軽蔑し給うな。これでも奥さんのお気に入りなんだからね。この実は、俺の力瘤ちからこぶさ。
失敗園 (新字新仮名) / 太宰治(著)
やがて二の腕へ力瘤ちからこぶが急に出来上がると、水を含んだ手拭は、岡のように肉づいた背中をぎちぎちこすり始める。
二百十日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
色々入り込んだ訳もあろうがさりとては強面つれなき御頼おたのみ、縛ったやつてとでもうのならば痩腕やせうでに豆ばかり力瘤ちからこぶも出しましょうが、いとしゅうていとしゅうて
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
しばらくの間、それを、力瘤ちからこぶを入れた両腕の先に握っていた——多くの眼が輝いていた。人々の口が息づまるように開いていた。——彼は薪を膝にあてた。
引見んと思ひこれ不調法仕ぶてうはふつかまつりましたと云ながら持て座敷ざしきへ上んとするに少しも持上もちあがらずウン/\と云て力瘤ちからこぶ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
大いに晴れがましく世間へ喧伝させたいという——門下の者としては当然な力瘤ちからこぶも入れる気になって、試合場所の蓮台寺野からそう遠くないこの原にかたまり
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「そうですか。それはい事を聞きました。そんな怪物には何年にも、出合った事がありませんから、話を聞いたばかりでも、力瘤ちからこぶの動くような気がします。」
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
小宮君は初めから安達君に力瘤ちからこぶを入れていましたから、人の好意を無にするのかって、憤ってしまいました
求婚三銃士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
そのような非人情的な運動に、他人の感触を害してまで力瘤ちからこぶを入れられる必要が何処にあるでしょうか。
婦人指導者への抗議 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
つまらなく見当ちがいな方面に力瘤ちからこぶを入れるために、不自然な線ができて、識者から認められないというような結果を招く実例は、習書家に見る常態であります。
彼は若い時、東京に出たときに労働をやった時の名残りに、残っている二の腕の力瘤ちからこぶを思わずでた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
力瘤ちからこぶを叩けば、得三は夥度あまたたびこうべを振り、「うんや、汝には対手が過ぎるわ。敏捷すばしこい事ア狐の様で、どうして喰える代物じゃねえ。しかしすきがあったら殺害やッつけッちまえ。」
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
こっちには松山の伯父さんもいられるし、これもうんと力瘤ちからこぶを入れているように吹聴ふいちょうしたでしょう
挿話 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
国民兵などと力瘤ちからこぶを入れるけれども、必ずしも兵営生活をするものが国民兵という訳ではない。
始業式に臨みて (新字新仮名) / 大隈重信(著)
ズッと出て太い手をついてう拳を握り詰めますると、力瘤ちからこぶというのが腕一ぱいに満ちます、見物けんぶつは今角力と剣術遣との喧嘩が有るというので近村の者まで喧嘩を見に参る
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
何も結構な家に生れて世過よすぎに不自由のない娘をそれほどに教え込まずとも鈍根どんこんの者をこそ一人前に仕立ててやろうと力瘤ちからこぶを入れているのに、何という心得違いをいうぞといった
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そうして各自の部落を代表して、あたればその村が神の思召おぼしめしにかない、一年中の仕合せを取るとしていたのだから、周囲の人たちも今日の声援団以上に力瘤ちからこぶを入れたのである。
こども風土記 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
今初まったでもないが困った始末、ただ感心なのはあの男と、永年の勤労が位を進め、お名前をきくさえが堅くるしい同郷出身の何がし殿が、縁も無いに力瘤ちからこぶを入れてほめそやしたは
油地獄 (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
わけはいずれあとでわかるが、左膳の大事であってみれば、おれも、いや、お前こそは——はっははは、まんざら力瘤ちからこぶのはいらぬというわけはあるまいな。その気でぬからず頼む。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
彼等は論理というものに力瘤ちからこぶを入れる。すなわち理法によって他の承諾を強要する。民族的反感からは信用したくない人でも、論理の前には屈伏しなければならない事を知っているから。
アインシュタイン (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
柱にすがっている一人の女の、両方の肩は力瘤ちからこぶのため、肉腫にくしゅのようにふくれあがっている。柱に巻きついている一人の女の、弓形をなしたふくらはぎは、ところどころから血を流している。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
小林勇氏が大変力瘤ちからこぶを入れてくれて、私の前の雪の記事の中から適当なものを取り出してくれたり、それから色々な雪のふるい文献とか新しい雪国生活の記録とかを持ち出してくれたりしたので
(新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
二、三年前までは、どんな事件にぶつかっても、なにくそという競争心があって力瘤ちからこぶが入ったし、自分から難しい仕事に当たってみたいという気もあったが、この節ではそんな元気も起こらない。
五階の窓:03 合作の三 (新字新仮名) / 森下雨村(著)
お文さんは二度までも語尾にこの国独特の力瘤ちからこぶを入れた。
念仏の家 (新字旧仮名) / 小寺菊子(著)
左団次贔屓ひいき力瘤ちからこぶは大変だった。
「八、何んだか知らねエが、ひどく心得てゐるぢやないか。それほど力瘤ちからこぶを入れるならお前がらちをあけてやつたらよからう」
お祭だ! お祭の一種に相違ないという観念が頭へ来たものですから、米友も思わず力瘤ちからこぶを解いていると、駄馬に附添の番頭は心得たもので
大菩薩峠:35 胆吹の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
木乃伊ミイラの爺さん一杯機嫌らしく、片肌を脱いで二の腕を曲げて見せると、真四角い木賃宿きちんやどの木枕みたいな力瘤ちからこぶが出来た。指でさわってみると鉄と同じ位に固い。
超人鬚野博士 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
世界大戦は済んだとは云え、何処か知らで大なり小なりの力瘤ちからこぶを出したり青筋を立てたり、鉄砲を向けたり堡塁ほるいを造ったり、造艦所をがたつかせたりしている。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
たすき鉢巻はちまき股立ももだち取って、満身に力瘤ちからこぶを入れつつ起上たちあがって、右からも左からも打込むすきがない身構えをしてから、えいやッと気合きあいを掛けて打込む命掛けの勝負であった。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
ヤッサモッサ捏返こねかえしている所へ生憎あやにくな来客、しかも名打なうて長尻ながっちりで、アノ只今ただいまから団子坂へ参ろうと存じて、という言葉にまで力瘤ちからこぶを入れて見ても、まや薬ほどもかず
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
「さあ、やられた!」と身をもだえて騒げば、車中いずれも同感の色を動かして、力瘤ちからこぶを握るものあり、地蹈韛じだたらを踏むもあり、奴をしっしてしきりに喇叭らっぱを吹かしむるもあり。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一層力瘤ちからこぶを入れることにはなったが、庸三と取り組んでの恋愛事件がひどく世間の感情を害していた最中でもあったので、情熱的な彼女の作品も大向うから声はかからなかった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
毎晩なので、露八は疲れたし、本業の方も打っちゃらかしではあるが、健吉の窮状と、頼むと云われた一言で、大童おおわらわになって、この撃剣見世物試合の小屋へ、力瘤ちからこぶを入れていた。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
貞之助なども、今迄は大概埒外らちがいに立っていて、お役目に引っ張り出される程度であったのに、今度はひどく力瘤ちからこぶを入れて斡旋あっせんをしたし、それに、雪子も今迄とは違ったところがあった。
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
こんな調子は、旧時代の地方じかた御役所にはなかったことだ。ことに尾州藩から来た木曾谷の新しい支配者が宿駅助郷の一致に力瘤ちからこぶを入れていることは、何よりもまず半蔵をうなずかせる。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
横田嘲笑あざわらいて、それは力瘤ちからこぶの入れどころが相違せり、一国一城を取るかるかと申す場合ならば、くまで伊達家にたてをつくがよろしからん、高が四畳半のにくべらるる木の切れならずや
興津弥五右衛門の遺書 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
ドイツでは一八九九年以来高層気象観測所を公設し、ことにカイゼル自身がこの方に力瘤ちからこぶを入れて奨励した。カイゼルの胸裡きょうりにはその時既に空中襲英の問題が明らかに画かれていたと称せられている。
戦争と気象学 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)