一分いちぶん)” の例文
I博士の言うところを無断で借用すれば、ドリアンという臭くてうまいくだもののことなど知らなくても日本人の一分いちぶんは立つのである。
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
わしの一分いちぶんが相立たん。おおい、ボーイ。そこできっとし返しにまいると。なア、そうでしたろがな。いけませんかな。げえっぷ、うう。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
さればとて舊主を裏切っては武士の一分いちぶんがすたれることをおもんぱかって、孰方どちらへも義理が立つように失明の手段を取ったのであると。
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
むなしく、その方どもが、蜂須賀村へ帰るのは、一分いちぶんが立たぬというなら、不肖ふしょう十兵衛の身を、擒人とりことして、連れて行くもよい。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「おきになされい、丹下氏。貴殿にかかわった事ではござらぬ。左京一分いちぶんだけのずんと些細ささいなことでござる。」
雪たたき (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
このまま御主君の妄執もうしゅうも晴らさずにおいては、家中の者の一分いちぶんたずと、御城代大石内蔵助様始め、志ある方々が集まって、寄り寄り仇討の相談をなされた。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
残念ながら致方が無い、とちやんとお分疏ことわりを言うて、そして私は私の一分いちぶんを立ててから立派に縁を切りたいのだ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
私しハそふすれバ一分いちぶんも立候得ども、曽而かつて鞆の港へすておかれ候事ハ、是ハ紀州より土佐の士お、はづかしめ候事故に、私ニあいさつ致した位でわすみ不
「女が泣きながら言うんだそうで——身上に眼がくらんだと思われちゃ女の一分いちぶんが立たないから、若旦那が死んだと聴いてから、泣きの涙で半歳我慢したが——」
武士の一分いちぶん相立ち申さず、お上へ対し恐多おそれおおい事とは存じながら、かく狼藉ろうぜきいたし候段、重々恐入りたてまつります、此の上は無実の罪にふくしたる友之助をお助け下され
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
悩乱のうらんのうちにまだ一分いちぶん商量しょうりょうを余した利巧りこうな彼女は、夫のかけた鎌をはずさずに、すぐ向うへかけ返した。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
息をひまもなく、追撃又追撃、恨み重なる怪賊を、逮捕しないでは、一分いちぶんが立たぬ。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「そりゃ、旗本に対しても、出ずばなるまい。他人の旗本でさえ、あれまでにしたものを、助太刀にも出ずして、むざむざ又五郎を討たれては、武士の一分いちぶんが、立たぬではないか?」
寛永武道鑑 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
二の烏 生命いのちがけで乾ものを食って、一分いちぶんが立つと思うか、高蒔絵たかまきえのおととを待て。
紅玉 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
過ぎし日の人魚の一件を物語り、金内がいのちに代えての頼みだ、あの人魚の死骸を是非ともこの入海の底から捜し出し、或る男に見せてやらなければこの金内の武士の一分いちぶんが立たぬのだ
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
庄「なに宜く先程は失敬を致したな、一分いちぶん立たんからてまいを殺し、美代吉をも殺害せつがいして切腹いたす心得だ」
松と藤芸妓の替紋 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
さりとて、柴田家を離れては、士道の一分いちぶん立ち難しとお考えの面々には、遠慮なくお立も退きあるように
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この問題を解釈しないでいたずらに同化するのは世のためにならぬ。自分から云えば一分いちぶんが立たぬ。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
二の烏 生命いのちがけでものを食つて、一分いちぶんが立つと思ふか、高蒔絵たかまきえのおととを待て。
紅玉 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
愈々いよいよ影法師の仕業に定まったるか、エヽ腹立はらだたし、我最早もはやすっきりと思い断ちて煩悩ぼんのう愛執あいしゅう一切すつべしと、胸には決定けつじょうしながら、なお一分いちぶんの未練残りて可愛かわゆければこそにらみつむる彫像、此時このとき雲収り
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
丹三郎ひとりがおぼれ死んで、お前が助かったとあれば、丹後どのの手前、この式部の武士の一分いちぶんが立ちがたい。ここを聞きわけておくれ。時刻をうつさずいますぐ川に飛び込み死んでおくれ。
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
それでは私への口上に対しても、貴方男子の一分いちぶんが立たんで御座いませう。何為なぜ成敗は遊ばしません。さあ、私してもう二度と貴方には何も申しませんから、貴方もこの女を見事に成敗遊ばしまし。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
「なんの。いくら人がわらおうと、恥を知らぬつらの皮には、痛くもかゆくもあるまいに。——あのくらいなことでは、このばばの胸も晴れねば、一分いちぶんも立ちませぬわえ」
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「不幸なる我が運命、何卒なにとぞかたきを討つまでは、文治が命をお助けあれ、神々よ武士の一分いちぶん立てさせ給え」
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
踏むは地と思えばこそ、裂けはせぬかとの気遣きづかいおこる。いただくは天と知る故に、稲妻いなずま米噛こめかみふるおそれも出来る。人とあらそわねば一分いちぶんが立たぬと浮世が催促するから、火宅かたくは免かれぬ。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
こう打ち解けてしもうた上は互いにまずいこともなく、上人様の思召おぼしめしにもかない我たちの一分いちぶんも皆立つというもの、ああなんにせよ好い心持、十兵衛汝も過してくれ、我も充分今日こそ酔おう
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
親や親戚に打明けて身請までにと思った処をへ買取られては一分いちぶん立たん………と云う血気にはやって分別も無く、妻恋坂下の建部内匠頭の窓下に待って居るとも知らぬ奧州屋新助が
松と藤芸妓の替紋 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
もとより、そうなくては、羅門塔十郎ともある名捕手の一分いちぶんが相立つまい。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
命限りに助けを得て、新潟沖の親船に賊窟ぞくくつを構えたるかたき大伴蟠龍軒、秋田穗庵すいあんの両人、やわか討たずに置くべきか、此の日本に神あらば武士たる者の一分いちぶんをお立てさせなされて下されまし
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
半蔵は、親の一分いちぶんが立たないように、冗談へ、むきになった。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
反故ほごにしては男子の一分いちぶんたゝずと、大きに肩をお入れ遊ばして、芳野艦がつゝがなく帰朝し、先ず横須賀湾に碇泊ていはくになりますと直ぐ休暇をとって品川へお繰出しとなり、和国楼へおいでになって