“長井金風”の読み方と例文
読み方割合
ながいきんぷう100.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
或る日長井金風(ながいきんぷう)さんに会って問うと、長井さんがいった。「弘前の渋江なら蔵書家で『経籍訪古志』を書いた人だ」
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
またこの学統について、長井金風(ながいきんぷう)さんは篁墩の前に井上蘭台(いのうえらんだい)と井上金峨(きんが)とを加えなくてはならぬといっている。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
三十年には保が九月に根本羽嶽(ねもとうがく)の門に入(い)って易を問うことを始めた。長井金風(ながいきんぷう)さんの言(こと)に拠(よ)るに、羽嶽の師は野上陳令(のがみちんれい)、陳令の師は山本北山(ほくざん)だそうである。栗本鋤雲(じょうん)が三月六日に七十六歳で歿した。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)