“棠軒”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
たうけん50.0%
とうけん50.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
其時榛軒が金を武田氏に与へて請ひ受け、他日買戻を許すと云ふ条件を附して置いたのである。後榛軒の養子棠軒たうけんは家を福山に徙す時、此櫃を柏軒の家に託した。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
独り榛軒の養嗣子棠軒たうけんは、嘉永五年十一月四日より明治四年四月十一日に至る稍詳密なる「棠軒公私略」を遺し、僅に中間明治元年三月中旬より二年六月上旬に至る落丁があるに過ぎぬが
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
この年箱館はこだてっている榎本武揚えのもとたけあきを攻めんがために、官軍が発向する中に、福山藩の兵が参加していた。伊沢榛軒の嗣子棠軒とうけんはこれに従って北に赴いた。そして渋江氏を富田新町にうた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)