島津斉彬しまづなりあきら)” の例文
十三代の将軍温恭院殿おんきょういんでん家定いえさだ)の御台所みだいどころは、薩摩の島津斉彬しまづなりあきらの娘さんであります。お輿入こしいれがあってから僅か三年に満たないうちに、将軍が亡くなりました。
必らず島津斉彬しまづなりあきら氏一流の見に同じく先づ公武合体論を為して時の宜きに通ぜしめんと欲するに過ぎざらんか。然も彼に因りて日本人は祖国の歴史を知れり。日本人は日本国の何物たるかを知れり。
頼襄を論ず (新字旧仮名) / 山路愛山(著)