信雄のぶかつ)” の例文
氏郷が政宗の後の会津を引受けさせられたと同じ様に、織田信雄のぶかつは小田原陣の済んだ時に秀吉から徳川家康の後の駿遠参すんえんさんに封ぜられた。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
信長の次子北畠信雄のぶかつやその叔父織田有楽斎など有力な大名も洗礼を受け、筑前山門の城主田中吉政も洗礼を受けてバルトロメヨと名乗り、家臣八百三十人もつゞいて信者となつた。
尾張は織田信雄のぶかつ、三河駿河遠江は家康の所領で、この両名は秀吉と干戈かんかを交へた敵手であり、現在は秀吉の麾下きかに属してゐるが、いつ異心を現すか、天下万人の風説であり、関心だ。
黒田如水 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
尾張は織田信雄のぶかつ、三河駿河遠江は家康の所領で、この両名は秀吉と干戈かんかを交へた敵手であり、現在は秀吉の麾下きかに属してゐるが、いつ異心を現すか、天下万人の風説であり、関心だ。
二流の人 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)