“せききょ”の漢字の書き方と例文
語句割合
石居100.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
石居(せききょ)即ち兼松三郎は後に夢醒(むせい)と題して七古(しちこ)を作った。中(うち)に「又憶世子即世後(またおもうせいしそくせいののち)、継嗣未定物議伝(けいしいまださだまらずぶつぎつたう)、不顧身分有所建(みぶんをかえりみずけんずるところあり)、因冒譴責坐北遷(よりてけんせきをおかしてほくせんにざす)」
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
この進言が抽斎の意より出(い)で、兼松三郎がこれを承(う)けて案を具し、両用人の賛同を得て呈せられたということは、闔藩(こうはん)皆これを知っていた。三郎は石居(せききょ)と号した。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
経(けい)を漁村、竹逕(ちくけい)の海保氏父子、島田篁村(こうそん)、兼松石居(せききょ)、根本羽嶽に、漢医方を多紀雲従(うんじゅう)に受け、師範学校において、教育家として養成せられ、共立学舎、慶応義塾において英語を研究し、浜松
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)