“さほびこ”の漢字の書き方と例文
語句割合
沙本毘古100.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
また春日(かすが)の建國勝戸賣(たけくにかつとめ)が女、名は沙本(さほ)の大闇見戸賣(おほくらみとめ)に娶ひて、生みませる子、沙本毘古(さほびこ)の王、次に袁耶本(をざほ)の王、次に沙本(さほ)毘賣の命、またの名は佐波遲(さはぢ)比賣
次に志夫美(しぶみ)の宿禰(すくね)の王は佐佐の君が祖なり。次に沙本毘古(さほびこ)の王は、日下部の連、甲斐の國の造が祖なり。次に袁耶本(をざほ)の王は、葛野の別、近つ淡海の蚊野の別が祖なり。
ここに天皇詔りたまはく、「吾はほとほとに欺かえつるかも三」とのりたまひて、軍を興して、沙本毘古(さほびこ)の王を撃(う)ちたまふ時に、その王稻城(いなぎ)四を作りて、待ち戰ひき。