颱風たいふう)” の例文
颱風たいふう……そのおびえ切った霊魂のドン底にわずかに生き残っている人間らしい感情までも、脅やかし、吹き飛ばし、掠奪しようとする。
戦場 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
目下南洋から本ものの颱風たいふうが上って来ていて、五日の夜までには、この間の疑似よりもっとこわいのがやって来ると云っています。
その言葉がしんを成したのでもあるまいが、あたかもその夜、大正何年以来と云う猛烈な颱風たいふうが関東一帯を襲って、幸子は自分に関する限り
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
彼の身辺のそうした静けさは、ちょうど颱風たいふうの中心のように、いつ破壊と暗黒が襲ってくるかわからない不気味な一刻ひとときに似ていた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
まるきり颱風たいふうが一過したに外ならなかった。散乱している餉台ちゃぶだいの上を眺め、彦太郎はしばらく茫然ぼうぜんとして、なんのことやらわからなかった。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
mind you 私たちは現世紀を吹きまくる赤色颱風たいふうの中心にいるのだ。気のせいか提げている鞄まで赤くなりつつある。
踊る地平線:01 踊る地平線 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
その日の午後十時過ぎになると、果して空模様が怪しくなって来て、颱風たいふうの音と共にポツリポツリと大粒の雨が落ちて来た。
琥珀のパイプ (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
するとやがてラジオは小笠原おがさわら島の南東に颱風たいふうが発生した事を報じる。重い湿度はわれわれの全身を包んで終日消散しない。驟雨しゅううが時々やってくる。
ラジオは昼間から颱風たいふうを警告していたが、夕暮とともに風が募って来た。風はひどい雨を伴い真暗な夜の怒号と化した。
廃墟から (新字新仮名) / 原民喜(著)
炎熱と颱風たいふうと地震との幾世紀の後、なお熱帯植物の繁茂の下に埋め尽されもせずにその謎のような存在を主張している巨石の堆積を見、また一方
このように、自分の心に嵐が起っているのと同様に、支那の知識層にも維新救国の思想が颱風たいふうの如く巻き起っていた。
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
原子バクダンで颱風たいふうの進路を変えるなどというのはまだまだ夢物語だそうで、颱風のエネルギーにくらべると
昭和九年九月十三日頃南洋パラオの南東海上に颱風たいふう卵子たまごらしいものが現われた。それが大体北西の針路を取ってざっと一昼夜に百里程度の速度で進んでいた。
颱風雑俎 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
一番若くて、一番綺麗なお蔦は、颱風たいふうの眼のように移動する動乱の渦を避けて、お燗番の卯八の懐に飛込んだり、伽羅大尽の貫兵衛の背後うしろに隠れたりしました。
ここでふたたび問題になるのが、例の彼の「長い黒の外套がいとう」である。リッパア事件は、鮮血の颱風たいふうのようにイースト・エンドを中心にロンドン全市を席捲せっけんした。
女肉を料理する男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
颱風たいふうのまっ唯中を、難航に難航をつづけながら、貴い皇軍の武器を死守しなければならなかったのだ。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
これらの地方は有名な颱風たいふうの中心地となることがしばしばで、年に幾回かは烈しい嵐に襲われます。湿度が強いので植物の繁茂に適し、四時花を見ない時はありません。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
今度は、颱風たいふう一過とは行かなかつた。白け返つた空気のなかで、暫くは一同ひそりともしない。
灰色の眼の女 (新字旧仮名) / 神西清(著)
「御大相なことを言うなよ。だが、百姓一揆の颱風たいふうは、胆吹御殿をそれてどっちの方へ行った」
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
鶴見は颱風たいふうで一度倒されたということを聞いたのみで、その後の状態については知らされていない。想うに、樹勢は一時衰えていて、それが追々に回復して来たというように見られる。
峨々がゝたる高山のつらなりのせゐか、一日中に、晴曇雨が交々こもごも来るところで、颱風たいふうの通路にあたるせゐか、屋久島は一年中、豪雨がううに見舞はれ、村の財政は、窮乏に追ひこまれ、治水対策が
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
まるで颱風たいふうのように風雨がはげしく、夜半から、さらにそれがひどくなった。でも、私はそういう外界の雑音にはまったく無神経だったから、どうということもなく仕事をつづけていた。
愛のごとく (新字新仮名) / 山川方夫(著)
颱風たいふうの何十倍かも大きいような大風雨なども起ったり、地球磁気の影響で、思いがけないことがあったり、また、そのようなことが、相当地球の人類をおどろかしたことだろうが、とにかく
火星兵団 (新字新仮名) / 海野十三(著)
秋の落ち鮎には、さらにも一度この熊野川へ志し、昭和十五年の竿納めとしようと思つてゐたところ、心なき颱風たいふうのために山水押しだし、川底荒れてつひに三度目の旅は、あきらめねばならなかつた。
たぬき汁 (新字旧仮名) / 佐藤垢石(著)
号外に颱風たいふう京阪地方を襲ひ大阪天王寺の塔倒ると。
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
益州——巴蜀はしょくの奥地は、なおまだ颱風たいふう圏外そとにあるかのごとく、茫々ぼうぼうの密雲にとざされているが、長江の水は、そこから流れてくるものである。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あのS・O・S小僧が颱風たいふうや、竜巻スパウトや、暗礁リーフをこの船の前途コース招寄よびよせる魔力を持っちょる事が、合理的に証明出来るチウならタッタ今でもあの小僧を降す
難船小僧 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
だが秋の風は時に冷たく油汗をでる。全く立秋を過ぎるとはっきりと目にこそ見えないが、雲の様子が狂い出し、空気は日々清透の度を加え、颱風たいふうが動き出す。
あの夜、火の手はすぐ近くまで襲って来るので、病気の義兄は動かせなかったが、姉たちはごうの中でおののきつづけた。それからまた、先日の颱風たいふうもここでは大変だった。
廃墟から (新字新仮名) / 原民喜(著)
ある時颱風たいふうの話からそのエネルギーの莫大なこと、それをどうにかして人間に有益なように利用するようにしたいというようなことを話したら、大変にそれを面白がった。
子規の追憶 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ちょッとした颱風たいふうと同じぐらいの荒れ方で、腕の太さの枝をポキポキ折って吹きとばす。
(新字新仮名) / 坂口安吾(著)
最初は姉の家に泊って子供達が騒ぐのに悩まされた揚句颱風たいふうに脅やかされ、う這うの体で浜屋へ避難してほっとする暇もなく奥畑の手紙で爆弾に見舞われたような思いをした。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
やがて八月も末になると、とつぜん凄まじい颱風たいふうが襲来した。家は新築なので、別に被害はなかつたが、その翌る日の朝から、大水が出はじめた。淡水河の堤防が決潰したのである。
少年 (新字旧仮名) / 神西清(著)
ほんのしばらくの間、颱風たいふうの眼へ入ったような、恐るべき沈黙が続きました。
銭形平次捕物控:050 碁敵 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
颱風たいふう名残なごり驟雨しゅううあまたゝび
五百五十句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
道を行く者、軒さきに立って見送る者、みな天の一角に、颱風たいふうを告げる一の黒雲でも見出したようにささやきあった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今月は日本は颱風たいふうの多い月なので、私はあなた方のことを一心にお案じ申しております。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
日本の油絵も、ようやくパリのそれと多くの距離をたぬようにまで達しつつある事は素晴らしき進歩であると思う。だがしかし、新らしき芸術の颱風たいふうは常に巴里パリに発生している。
油絵新技法 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
それほど極端な場合を考えなくてもよい。いわゆる颱風たいふうなるものが三十年五十年、すなわち日本家屋の保存期限と同じ程度の年数をへだてて襲来するのだったら結果は同様であろう。
津浪と人間 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ほんの暫らくの間、颱風たいふうがんへ入つたやうな、怒る可き沈默が續きました。
銭形平次捕物控:050 碁敵 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
戸外には十五メートルぐらいの突風が吹きつけているが、キティ颱風たいふうを無事通過した窓が、満月の突風ぐらいでヒックリ返る筈がない。人為的なものだとテンから思いこんでいるから、来れ、税務署の怨霊。
つまり颱風たいふう期に遭遇したわけである。
少年 (新字旧仮名) / 神西清(著)
ふと仰ぐと、日ごろ見なれたそこの仁王門は颱風たいふうの跡みたいに、見るも無残に破壊されており、もう一体の仁王像も、常に居るところには見えなかった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
例えば二百十日に颱風たいふうを聯想させたようなものかもしれない。
厄年と etc. (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
彼はあくまで千余人の力を一団として、颱風たいふうのごとく、旋回陣せんかいじんを取りながら、大津まで突破しようと試みたのだ。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
けれどそれは、今にも襲わんとする暴風雨あらしの前の灯に見えた。そよとも動かないお城の樹々は、むしろ無気味な颱風たいふうの中心にかかった時の「死風」の静寂しじまを思わせた。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
絶え間なく兵を歩ませつつ実は巨大な輪形陣を旋回せんかいしながら、あたかも颱風たいふうが緯度を移ってゆくよう、信玄の陣前じんまえへ迫って行ったということは、彼の決意から見ても、戦略からいっても
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
せて来たら、粉砕してやろうとはしていない。唯、どこまで、この颱風たいふうもとにある上杉家の屋根を、瓦一枚も損じないようにするか。あの老人が念じているのは、それだけの事なのだ。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「正統記」に九月十日頃とあるから、いまでいう颱風たいふうであったのだろう。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
颱風たいふうの後のせいか、めずらしく、霧がなく、谷間にも少し陽が射した。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)