ひたえ)” の例文
すると、私のひたえの触覚は丁度舌が微細な料理の味はひを翫賞するやうに、女の掌の暖かさ、柔かさ、懐かしさ、優しさを、しみじみと舐め試みた。
Dream Tales (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そこは旗下の若様だけ腹に据兼すえかね、ぐいと込上げて来るとひたえに青筋が二本ばかり出まして、唇がぶる/\震え出し、顔の色を少し変え、息遣いも荒く
松と藤芸妓の替紋 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
ひたえつき、眼つき、話しぶりで、大よその事は肇も知ったけれ共思って居る事の奥の深い処までその自分の想像をはたらかせない方が好いと思って居たのだ。
千世子(二) (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
お勢はひたえで昇をにらめたままなにとも言わぬ、お政も苦笑いをした而已のみでこれも黙然だんまりと席がしらけた趣き。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
千鶴子がむいて渡すを、さもうまげに吸いて、ひたえにこぼるる髪をかき上げ、かき上げつ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
夢に天津乙女あまつおとめひたえくれないの星いただけるが現われて、言葉なく打ち招くままに誘われて丘にのぼれば、乙女は寄りそいて私語ささやくよう、君は恋を望みたもうか、はた自由を願いたもうかと問うに
(新字新仮名) / 国木田独歩(著)
小六は袂を探ってその書付を取り出して見せた。それに「このかき一重ひとえ黒鉄くろがねの」としたためた後に括弧かっこをして、(この餓鬼がきひたえ黒欠くろがけの)とつけ加えてあったので、宗助と御米はまた春らしい笑をらした。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
かしらを下げましたが、心のうちでは、父は殺され、其の上に又此のお屋敷をおいとまになることかと思いますと、年がきませんから、只畳へひたえを摺付けまして
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
ト云懸けてお勢を尻眼しりめに懸けてニヤリと笑ッた。お勢はお勢で可笑おかしく下唇したくちびるを突出して、ムッと口を結んで、ひたえで昇を疾視付にらみつけた。イヤ疾視付ける真似まねをした。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
悪口あっこうのみならず盃を取って文治郎のひたえに投付けましたから、眉間みけんへ三日月なりの傷が出来、ポタリ/\と染め帷子へ血の落ちるのを見ますると、真赤になり
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
猫のひたえのようなうちだが売って、其の金子を路用として日光辺の知己しるべを頼ってく途中、幸手の宿屋で相宿あいやど旅人りょじんが熱病で悩むとて療治を頼まれ、其の脉を取れば運よく全快したが
今とは違い毛がないからひたえの処へ三日月みかづきなりに瀬戸物の打疵うちきずが出来ました。
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
母「それは宜かった、お前の帰りが遅いと案じてる……文治郎お前のひたえは」
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
こゝで神原五郎治かんばらごろうじ神原四郎治かんばらしろうじ兄弟の者と大藏と三人打寄り、ひたえを集め鼎足みつがなわはなしを致しました時に、人を遠ざけ、立聞きを致さんように襖障子を開広あけひろげて、向うから来る人の見えるようにして
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
と恥かしそうに行燈あんどうの処へ顔を出すのを、新吉が熟々つく/″\見ると、此の間法蔵寺で見たとは大違い、半面火傷の傷、ひたえから頬へ片鬢かたびん抜上ぬけあがりまして相が変ったのだから、あっと新吉は身の毛立ちました。
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)