雄渾ゆうこん)” の例文
大きくうなずいた鉄斎老人、とっぷり墨汁をふくんだ筆を持ちなおすが早いか、雄渾ゆうこんな字を白紙の面に躍らせて一気に書き下した。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
劃然と描き出される其輪廓の美と色彩の雄渾ゆうこんとは、平地又は丘陵から山を仰望することを知る者に与えられた礼讃の標的であるといえる。
冬の山 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
芭蕉の俳句は変化多きところにおいて、雄渾ゆうこんなるところにおいて、高雅なるところにおいて、俳句界中第一流の人たるを得。
俳人蕪村 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
建築を通して見た古い昔の民族の素朴な魂と単純な感情に、極めて雄渾ゆうこん溌溂はつらつとした生命があふれてゐるのに、彼は精神をとりこにされてしまつた。
夏の夜の夢 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
その「第一」は鬱勃うつぼつたる情熱を蔵し、休火山に例えられ、雄渾ゆうこん壮麗なものであったが、直ちに世に認められるに至らず
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
僕達はこの時代の軟弱な風潮に反抗するんです。そして雄渾ゆうこんな本当の日本の「こころ」を取戻とりもどそうと思うんです。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
既に湿気のためにぐにゃぐにゃになった薄樺色地の二枚の色紙には、瀕死の病者のものとは思われない雄渾ゆうこんな筆つきで、次のような和歌がしたためられていた。
斗南先生 (新字新仮名) / 中島敦(著)
男まげに雄渾ゆうこんに結い上げたところもいや味にはならず、なんだか豪侠な気が胸に迫るようにも思われます。
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
快晴の日には佐渡も富土山も認めることが出来るそうである、この山上の大観はが北越の諸山に比較すると、飯豊いいで山の雄渾ゆうこん豪壮に対しては少しく遜色があるが
平ヶ岳登攀記 (新字新仮名) / 高頭仁兵衛(著)
道教思想の雄渾ゆうこんなところは、その後続いて起こった種々の運動を支配したその力にも見られるが、それに劣らず、同時代の思想を切り抜けたその力に存している。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
雄渾ゆうこんな構想に加えるに緻密ちみつな工匠的の美意識に富み、聡明そうめいな空間組成と鋭敏豊潤な色彩配置とを為し遂げたその純芸術力は世界にもこれに匹敵するもの甚だまれである。
美の日本的源泉 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
普通の法衣の如く輪袈裟わげさをかけ、結跏趺座けっかふざして弥勒のいんを結びたるが、作者の自像かと思わるるふしあり。全体の刀法すこぶ簡勁かんけい雄渾ゆうこんにして、鋸歯状きょしじょう、波状の鑿痕さっこん到る処に存す。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
昔の牧師の頌徳しょうとくのために建てられたものであるが、石台の上に立つ雄渾ゆうこんな形には何かノルマンの碑石をしのばせるものがある。粗末に放置してあるが当然特別な保護を受けてよい。
全羅紀行 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
高さからいうと、山岳としてはいうに足らぬが、さてもその展望の雄渾ゆうこん秀麗なることよ。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
もしそれさえあったら、かれはもっとたくみに草稿に眼を走らせることができたであろうし、またしたがってかれの演説はいっそう雄渾ゆうこんであることができたかもしれなかったのである。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
あふるる強い感情を外界の自然物象に託してゐる著しい点は、かれが青年時代に私淑したとか師と仰いだとかいふ周文などの消極的な作品とは、隔絶した雄渾ゆうこんなものと私は思つてゐる。
故郷に帰りゆくこころ (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
しかし、つらい時の作品にはまた、異常な張りがあるものらしく、この「青ヶ島大概記」などは井伏さんの作品には珍らしく、がむしゃらな、雄渾ゆうこんとでもいうべき気配が感ぜられるようである。
『井伏鱒二選集』後記 (新字新仮名) / 太宰治(著)
八重山島の「ばしの鳥の歌」の雄渾ゆうこんなる風姿は南国の高調ともいうべきか。
ほとんどその趣きを異にして居ると思うのです、どんなに違うか、さアこれもちょっと説明が六つかしい、『万葉』が好いとして取る点は、詞は蒼古そうこだとか、思想が自然だとか調子が雄渾ゆうこんだとか
子規と和歌 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
だが本当をいう時は、この土地の自然は雄渾ゆうこんで、男性的で荘重だよ。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
積極的美とはその意匠の壮大、雄渾ゆうこん勁健けいけん艶麗えんれい、活溌、奇警なる者をいひ、消極的美とはその意匠の古雅、幽玄、悲惨、沈静、平易なるものをいふ。
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
し、秀抜な山のたたずまいや、雄渾ゆうこんな波濤の海を眺めやったなら、それを讃嘆する心の興奮に伴って、さすがに埋め尽した積りの珪次との初恋の埋火うずみび
扉の彼方へ (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
レコードはビクターのコルトー(JD三三〇—一)、コロムビアのロン、フリートマンなどがあったが、これはコルトーの雄渾ゆうこんな演奏をもって第一とする。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
その大壁画の雄渾ゆうこんにして堅牢なる、斧を打ち込んでも裂けない筆格を見ていると、またどうしてもその下にうずたかい鼠の巣に、いやな思いをせずにはいられないのです。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
自意識過剰かじょうで、あんな君、逃避的とうひてきな態度ばかりっていたら、力ある文化の芽は新鮮な若葉をももたらさず、来るべき新時代の雄渾ゆうこんな精神の輝やかしき象徴たり得ずして
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
南方は間近い山のいただきたむろした一団の乱雲に遠望を遮られていたが、其雲が次第に消え去ると、水浅黄みずあさぎに澄んだ晴空があらわれて、其処に雄渾ゆうこん極りなき一座の山の姿が劃然と描き出された。
北岳と朝日岳 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
考古学的時代からの数万年に亘るエジプト文化が生んだ所謂いわゆる「死の書」の宗教に伴って、王と奴隷とを表現する雄渾ゆうこん単一な厖大ぼうだいな美の形式であり、今日でもその王は傲然ごうぜんとして美の世界に君臨し
美の日本的源泉 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
芭蕉の俳句は変化多き処において、雄渾ゆうこんなる処において、高雅なる処において、俳句界中第一流の人たるを
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
これに比べるとトスカニーニのは壮大雄渾ゆうこんで荒々しく、ワインガルトナーは吹込みが古く、パレーは冷たい。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
この田舎家の木口というものが大まかな欅作けやきづくりで、かんなのはいっていない、手斧ちょうなのあとの鮮かなところと、桁梁けたはり雄渾ゆうこん(?)なところとを見ても、慶長よりは古くなく、元禄よりも新しくない
大菩薩峠:27 鈴慕の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
就中なかんずく駒ヶ岳から中ノ岳に至る連嶂は、崔嵬さいかいたる山容と雄渾ゆうこんなる峰勢と相俟あいまって、槍穂高の山塊を想起せしむるものがあるのみでなく、北又川の上流に面して多数の雪渓を懸け連ねているので
利根川水源地の山々 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
一、諸種の変化を要する中にも最も壮大雄渾ゆうこんの句あるを善しとす。壮大雄渾の趣は説きがたしといへども、これを形体の上について言はんに、空間の広き者は壮大なり。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)