遅桜おそざくら)” の例文
旧字:遲櫻
きょうも彼は、八坂やさか祇園林ぎおんばやしなど、遅桜おそざくらの散りぬく下を、宿の方へ、戻りかけていた。すると誰か、将門将門と、うしろで呼ぶ者がある。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
古奈こな、長岡——長岡を出た山路には、遅桜おそざくら牡丹咲ぼたんざきが薄紫に咲いていた。長瀬を通って、三津の浜へ出たのである。
半島一奇抄 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
所々しょしょ遅桜おそざくらが咲き残り、山懐やまぶところの段々畑に、菜の花が黄色く、夏の近づいたのを示して、日に日に潮が青味を帯びてくる相模灘が縹渺ひょうびょうと霞んで、白雲にまぎれぬ濃い煙を吐く大島が
船医の立場 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
低徊るに忍びず、墓門に立尽して見るともなしに見渡せば、其処そこここにちりのこる遅桜おそざくらの青葉がくれに白きも寂しく、あなたの草原には野を焼くけむりのかげ、おぼろおぼろに低くい高く迷いて
父の墓 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
行く春や逡巡しゅんじゅんとして遅桜おそざくら
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
浦山や有明霞ありあけがすみ遅桜おそざくら 羽人うじん
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
一方八重の遅桜おそざくら三本みもとばかり咲満ちたる中に、よろず屋の店見ゆ。とざしたる硝子戸がらすどに、綿、紙、反もの類。生椎茸なましいたけあり。起癈散きはいさん、清暑水など、いろいろにしたたむ。
山吹 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
遅桜おそざくら幾片いくひらが、どこからか風に送られてくる。晩春、月はまだかさし、木々の芽のにおいはほのかだった。——と、誰か、徐々、膝拍子をたたきながら朗吟する者がある。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
行く春や逡巡として遅桜おそざくら
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
山国の遅桜おそざくらが、いまの一の狂風に、どこからともなく散々さんざんに花をくだち降らしていたらしい。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
汽車きしやこゝろざひとをのせて、陸奥みちのくをさしてくだく——れかゝる日暮里につぽりのあたり、もり下闇したやみに、遅桜おそざくらるかとたのは、夕靄ゆふもやそらきざまれてちら/\とうつるのであつた。
銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
みちにさした、まつこずゑには、むさらきふじかゝつて、どんよりした遠山とほやまのみどりをけた遅桜おそざくらは、薄墨色うすずみいろいて、しか散敷ちりしいた花弁はなびらは、ちりかさなつてをこんもりとつゝむで、薄紅うすあかい。
続銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
ひろい院庭には、見る人のない遅桜おそざくらがここにも雪のように散り敷いていた。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
とほくに、行々子ぎやう/\しきしきつて、こゝにかはづがすだく——あひだを、わあーとつないで、屋根やねもんえないで、あの、遅桜おそざくらやまのうらあたり、学校がくかう生徒せいとの、一斉いちどき読本とくほん音読おんどくはすこゑ
続銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)