つい)” の例文
河野の姿が、横ざまに飛んで、あたふた先へ立ってドアを開いて控えたのと、擦違いに、お妙はついと抜けて、顔に当てた袖を落した。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
予先年出陣の日、兵士に向ひ、我が備への整不整を、唯味方の目を以て見ず、敵の心に成りて一つついて見よ、夫れは第一の備ぞと申せしとぞ。
遺訓 (旧字旧仮名) / 西郷隆盛(著)
ついて猛然とハンドルを握ったまではあっぱれ武者むしゃぶりたのもしかったがいよいよくらまたがって顧盻こけい勇を示す一段になるとおあつらえどおりに参らない
自転車日記 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
といいながら、ついったから、何をるのかと思ったら、ツカツカと私の前へ来てひたと向合った。前髪があごに触れそうだ。ぷんにおいが鼻を衝く。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
空頼めとはかゝる時より云ひ出したる言葉なるべしなどと心の内に喞つ折しも、雨をついて父上来玉へり。
鼠頭魚釣り (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
所々に少許すこし磧礫さいれきを存するを以て、るべく磧上をすすむの方針をる、忽ちにして水中忽ちにして磧上、其変化へんくわ幾回なるをらず、足水に入るごとに冷気はだついて悚然たり
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
鋲打ちの門や土塀などに囲まれた、それは広大ひろい屋敷であったが、いかにも古く、住人も少ないかして、森閑としていた。頼母は、古びたつい立ての置いてある玄関から、奥へ通された。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
楼婢ろうひを介して車をたのんだが、深更しんこう仮托かまけて応じてくれ無い、止むを得ず雨をついて、寂莫じゃくばくたる長堤をようやく城内までこぎつけ、藤堂采女とうどううねめ玉置小平太たまおきこへいたなど云う、藩政時分の家老屋敷の並んでいる
枯尾花 (新字新仮名) / 関根黙庵(著)
... ず厚皮をいて中の実ばかりこの通り炮烙で炒ります」客「なるほど、この匂いが今私の鼻をついたのですね。市中で売っている南京豆は厚皮のまま炒ってあるでありませんか」妻君「あれはこまかい砂を ...
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
もう雪江さんの部屋の前へ来て、雪江さんの姿はついと障子のうちへ入って了った。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
仕出しの提灯ちょうちん二つ三つ。あかいは、おでん、白いは、蕎麦そば。横路地をついと出て、ややかどとざす湯宿の軒を伝う頃、一しきりしずかになった。が、十夜をあての夜興行の小芝居もどりにまた冴える。
みさごの鮨 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と雪江さんがついと其処へ入ったから、私も続いて中へ入った。奥様は明るいといったけれど、何だか薄暗い長四畳で、入るとブクッとして変な足応あしごたえだったから、先ず下を見ると、畳は茶褐色だ。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)