薄陽うすび)” の例文
薄陽うすびの射した天気だつたが、馬鹿に風の強い日だつた。電車の中も、硝子はあらかたこはれてゐたので、氷の室が走つてゐるやうに寒かつた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
遅々ちちとしてヨンヌの平野をのたくりゆくうち、ようやく正午ひる近く、サンの町の教会の尖塔が、向うの丘の薄陽うすびの中に浮びあがって見えるところまで辿り着いた。
十二月の初旬のころでところどころ薄陽うすびしている陰気な空から、ちらりちらり雪花ゆきが落ちて来た。
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
手に抱えていては邪魔だと思って竹置場の青竹の蔭へかくして置いた出目洞白でめどうはくの面箱を引ッさらってゆく男の影が、隅田川に薄陽うすびを落した夕もやをかすめて逃げて行く。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのしもに飛び飛びの岩、岩もまた幽けかりけり。冬はなほ幽けかりけり。あなあはれ、欅の枯木行き行けば見る眼に聳え、滝落ちてかげり迅し、あなあはれ、山の端薄陽うすび
観相の秋 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
があっと音のするような感じでまたたく間に空がくもるのだ。そうすると向側の家を撫でていた薄陽うすびがふっと影って、白い歩道の石に小さな黒点がまばらに散らばり出す。きょうも雨だ。
横から見るとすこし猫背だ。両手をきちんと袴のまちへ納めて、すウッすッとり足である。見ようによっては、恐ろしく苦味にがみ走って見える横顔に、元日の薄陽うすびがちらちらと影を踊らせている。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
やがてまたホンノリと、薄陽うすびがさしてきた。彼はまだ身体一つ動かさず、破れた壁を見詰みつめていた。雨があがったら、どこからか妻がキイキイ声をあげながら、小屋へ駈けこんでくるように感じられた。
(新字新仮名) / 海野十三(著)
すぐ立座りつざ行装触ぎょうそうぶれ、うしおのような人が動いて帰城となったが、松平家の幕屋と京極方の二所ばかりは、悲喜転倒のありさまで、薄陽うすびの暮るるころまで人影が去らなかった。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのしもに飛び飛びの岩、岩もまたかすけかりけり。冬はなほ幽けかりけり。あなあはれ、欅の枯木、行き行けば見る眼に聳え、滝落ちてかげりはやし。あなあはれ、山の端薄陽うすび
白い花を持った躑躅つつじや、紅い桃、ぎんなんの木、紅葉、こけの厚く敷いた植木鉢が薄陽うすびをあびて青々としていた。庭が狭いので、屋根の上に植木を置いて愉しむ気持ちを面白いとおもった。
田舎がえり (新字新仮名) / 林芙美子(著)
ひる過ぎになると、低く垂れさがった雨雲の間から薄陽うすびがもれはじめ、嵐はおいおいおさまったが海面うなづらはまだいち面に物凄く泡だち、寄せかえす怒濤は轟くような音をたてて岸を噛んでいた。
キャラコさん:01 社交室 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
黒服のサンモウル派。ノウトルダムの高塔。薄陽うすび。マルセイユ出帆。
薄陽うすびと河風を顔の正面まともにうけて源三郎は、駒の足掻あがきを早めた。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
広い森林地帯の中のユヱへの植民道路をかなり走つてから、やつと四囲に薄陽うすびし始め、晴々と夜が明けて来た。陽が射して来ると、空気がからりと乾いて、空の高い、爽涼さうりやうな夏景色がひらけて来た。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
たまたまに障子にあかる薄陽うすびのいろうれしとは見れどすぐかげりつつ
雀の卵 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
かよわなる薄陽うすび光線ひすぢ射干ひあふぎの細葉は透けど早やなむとす
雀の卵 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
たまさかにあか薄陽うすびのか遠くて夕さり寒し蒲の穂のたち
雀の卵 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)