“祖(そ)” の例文
昔(むかし)の諺(ことわざ)に『人(ひと)は祖(そ)に基(もとづ)き、祖(そ)は神(かみ)に基(もとづ)く』とやら申(もう)して居(お)りますが、私(わたくし)はこちらの世界(せかい)へ来(き)て見(み)て、その諺(ことわざ)の正(ただ)しいことに気(き)づいたのでございます。
五十兩九郎兵衞里兩人の養育料(やういくれう)として遣(つかは)し候儀に御座候其後九助同村の周藏喜平次木祖(そ)兵衞等が取持(とりもち)にて私し姪(めひ)節儀を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
そして、月々きまつてもらふお小遣(つか)ひを少(すこ)しづゝ郵便(ゆうびん)貯(ちよ)金にし初(はじ)め、いつも祖(そ)母がくれるお中元(げん)お歳暮(ぼ)の金も今までのやうに無駄(むた)には使(つか)はないことにした。
宜道(ぎだう)から此(この)夢窓國師(むさうこくし)と大燈國師(だいとうこくし)とは、禪門(ぜんもん)中興(ちゆうこう)の祖(そ)であると云(い)ふ事(こと)を教(をそ)はつたのである。
門 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
といふ母や祖(そ)父母の聲(こゑ)、不平(ふへい)はモデルにした妹達(たち)や女中までから來た。私(わたし)はすつかり、しよげた。資(し)金ねだりにも、祖(そ)母は、さう/\いゝ顏(かほ)は見せなくなつた。
祖(そ)来(きた)る時は祖を殺しても鳴らし、仏(ぶつ)来(きた)る時は仏を殺しても鳴らした。
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
が、さて、その一書によつて深(ふか)く寫眞熱(しやしんねつ)をあふられた私(わたし)は、何よりも寫眞機(しやしんき)がほしくてたまらない。母はもとより私(わたし)の望(のぞみ)みなら先づ大概(がい)は聞(き)いてもらへた祖(そ)父母にも盛(さか)んにせがんで見たが