きず)” の例文
その鈍いおちつき、救われないひとりよがり——AH! 私のろんどんはきずだらけな緩動映画スロウ・モウションの、しかもやり切れない長尺物だ。
彼女は富子と同い年の廿四で、眼の細いのと髪の毛のすこし縮れているのとをきずにして、色白の品の好い立派な女振りであった。
探偵夜話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「それは嘘です。裏に肉眼で見えない程のきずがあります。同じ瑕の石が二つある筈がありません。これは確かに盗んだものです」
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
あげてやらう。暗いのは玉にきずだが、久々に健康を祝すとしやうか。小田原は蒲鉾ときまつてゐるが、この節は売つてゐるかね
朴水の婚礼 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
律義者りちぎものの主翁はじぶんの家の客を恐ろしい処へやって、もし万一のことがあっては旅籠はたごとしてのきずにもなると思ったのでいて止めようとした。
山寺の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
清廉潔白せいれんけっぱくな士道の君主として、今日まで、公私の行状おこないに、些細ささいきずも持たない人であった。顔をうなずかせて、すぐに云った。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
勿論お嬢はきずのない玉だけれど、露出むきだしにして河野家に御覧に入れるのは、平相国清盛に招かれて月が顔を出すようなものよ。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「どうでしょう、万一娘にきずでもつけられるようなことになると困りますから、至急□□市へ出張して調べて貰えませんか」
誘拐者 (新字新仮名) / 山下利三郎(著)
それ小児の生れて二、三歳より六、七歳に至るまで、その質たる純然無雑、白玉はくぎょくきずなきがごとく、その脳中清潔にして、いささかの汚点なし。
教育談 (新字新仮名) / 箕作秋坪(著)
庭作りとして、高貴の家へ出入していたお島の父親は、彼が一生のきずとしてお島たちの母親である彼が二度目の妻を、いやしいところから迎えた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
もはや一生お師匠様のお顔のきずを見ずに済むなり、まことによき時に盲目となりそうろうものかな、これ必ず天意にてはべらんと。
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
もしゆくすえ若旦那さまのお名にきずのつくようなことでもございましたら、死んでもお詫びはかなわぬと存じまして……
日本婦道記:小指 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ほんによ、さうなつた日にやこいつの御蔭で、街道筋の旅籠屋はたごやが、みんな暖簾のれんきずがつくわな。その事を思や今の内に、ぶつ殺した方が人助けよ。
鼠小僧次郎吉 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
と助七は才槌をり上げ、力に任せて何処という嫌いなく続けざまに仏壇を打ちましたが、板にきずが付くばかりで、止口とめぐち釘締くぎじめは少しもゆるみません。
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
こうまで源氏に似ておいでになることだけが玉のきずであると、中宮がお思いになるのも、取り返しがたい罪で世間を恐れておいでになるからである。
源氏物語:10 榊 (新字新仮名) / 紫式部(著)
べつに身体にきずがつくわけでもなし、おもしろおかしい日がつづいたら本人もさぞ気がまぎれてよかろうではないか——こうお艶にすすめてみると
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
子供たちは酸っぱいと言って軽蔑し、あの香気の素晴しさを説いて、皮ごと食えと教えても決して食わない。なるほど実の酸っぱいのが玉にきずである。
九年母 (新字新仮名) / 青木正児(著)
容貌きりょうし性質もこんな温厚な娘だったが、玉にもきずの例でこの娘に一つの難というのは、肺病の血統である事だ。
二面の箏 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
其處へ來合せた友白は饅頭を投り出して、茶碗を掻い抱くやうに、右から左から、ためつすかしつ、の毛で突いた程のきずも見落さずと調べて居ます。
……もちろん、写真もあれば、居どころも知っているが、新聞などでワイワイ騒がれちゃあの娘の身上にきずがつく。
キャラコさん:06 ぬすびと (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
晴れた日は全山を玲瓏と人の眼に突付けて、きずもあらば、看よ、看よと、いってるような度胸のよい山の姿である。
富士 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
活々いき/\とした赤い健康さうな可愛い形をした唇、きずのない揃つた輝いた齒、小さなくぼのある顎、房々ふさ/\としたあり餘る程の髮のよそほひ——短かく云へば
眉目びもく端正な顔が、迫りるべからざる程の気高い美しさを具えて、あらたに浴を出た時には、琥珀色こはくいろの光を放っている。豊かな肌はきずのない玉のようである。
魚玄機 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
単純で実直だとあまりに自称しているのはきずだったが、しかし多とすべきは、実際彼が単純で実直なことだった。
感傷的な気分はあっても、読んでみて、それがすこしもきずにはならない、好い歌として歌いあげられる。情緒と悟性との調和がそこに見られるからである。
人殺しの罪人でさえも官費で弁護士がつけられる世の中に、効はあっても罪のない論文提出者は八方から虫眼鏡できずを捜され叱責されることになるのである。
学位について (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
弓矢取りは、年頃、日頃、いかなる功名を立てましょうとも、最後に不覚をとれば、その身に永久にきずがつきます。御体も疲れ、馬もひどく弱っております。
一味を引っ捕えて調べるのは、訳のない話ではありますが、それでは柏屋にきずがつくし、呪いとあってはお島の命が、その間に取られてしまうかもしれない。
十二神貝十郎手柄話 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
承暦しょうりゃく二年十月下旬、山徒これを叡山えいざんへ持ち行き撞けども鳴らねば、怒りて谷へ抛げ落す、鐘破れきずつけり、ある人当寺へ送るに、瑕自然愈合、その痕今にあり
「変な気などにおなりになってはいけやせん、その変な気になりなさるのが、殿様の玉にきずなんでげす」
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その理由は、みっちゃんという人物が元来大阪、京都で育っている人間であるため、海苔選定にはどうも目の利かないところがあって、玉にきずというところである。
握り寿司の名人 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
あの人も、少し高慢なところが、きずですわ。もう、少し素直だとほんとうにいい人なんですけれど。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
彼女たちは彼に誘惑されることを待ち、しかし、口では、アパート一番の好い男であるが、誰でも構はず関係するなんて嫌なこつた、それが玉にきずだなぞと云つてゐる。
日本三文オペラ (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
用紙は我々のよりも厚く、もっとすべっこいように思われ、そして幾分よごれはしても必ず無きずで、我国の紙幣のように、すりへらされた不潔な状態を呈したりしない。
くい八千度やちたびその甲斐もなけれど、勿躰もつたいなや父祖累代墳墓みはかの地を捨てゝ、養育の恩ふかき伯母君にもそむき、我が名の珠に恥かしき今日けふ、親はきずなかれとこそ名づけ給ひけめ
雪の日 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「余り完全に出来たもんだから魔がさゝないように一寸ちょっときずをつけたという伝説になっている」
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
だがカルーゾーにとって玉にきずだったことは、そのでっぷり肥った風貌でした。どんなに扮装をこらしても悲劇的な感じが出ませんでした。それにお芝居も決して上手ではなかった。
お蝶夫人 (新字新仮名) / 三浦環(著)
難を言うと少し放っとき過ぎるくらいのものだけど、でもそれは、大したきずじゃァないでしょう。世話をやき過ぎるのよりは、やかな過ぎる方が、どっちかと言えば我慢し易いのよ。
華々しき一族 (新字新仮名) / 森本薫(著)
それでかういふ言葉ことば利用りようせられてゐるのです。けれどもどうしてもほとゝぎすくやといふと、ほとゝぎすがいてゐる實際じつさい樣子ようすうかびます。これがこのうたすこしのきずであります。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
それにうそを衝くと云ふ事がない。只此青年の立派な性格にきずを付けるのは例の激怒だけである。それが発した時は自分で抑制することがまるで出来なくなつて、猛獣のやうな振舞をする。
たちまち内務省からは風俗壊乱、発売禁止、本屋からは損害賠償の手詰てづめの談判、さて文壇からは引続き歓楽に哀傷に、放蕩に追憶と、身に引受けた看板のきずに等しき悪名あくみょうが、今はもっけのさいわい
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「ふむ、そうかな。すると……手の大きいのは玉にきずというわけか。」
叔父 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
一つのきずをつけてしまったのである。
「大体、僕の計画にしてからが、九分どおりが運なんだ。妙に、度胸がいいのが玉にきずかもしらんが、これも千万年に一度、百億人に一人ど偉い馬鹿みたいなのが出たとき、言いだすような事だ。ねえ、まず吾々は九分通り、死ぬだろう」
人外魔境:10 地軸二万哩 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
きずのない櫛に冠だ。
きずのごと
一握の砂 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
表向きは頓死と披露して、妹のお縫に相当の婿を取れば、藤枝の家にもきずが付かず、親類縁者一同も世間に恥をさらさずに済むであろう。
箕輪心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
あたしはあたしで、本家のためも思い、こいさんのためも思うて、孰方どっちにもきずが付かんように苦心したつもりやってんわ
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
二た刻もたって頃合を見て出した時は、すっかり冷たくなっていたのさ、後で気が付いて見たが、あの抽斗の奥には、可哀相にひどく掻ききずがあったよ
「このお願いを聞いて下さらなければ、私は自害するほかはありませんし、加川の御家名にもきずがつくのです」
(新字新仮名) / 山本周五郎(著)