榛原はいばら)” の例文
「さぶは榛原はいばらっていうかもしれない、芳古堂ではずっと榛原だったから、けれどもおれは大和屋にするってな、忘れないでくれよ」
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
人相の悪いのが、ふと木の葉の繁みから街道の遠くを見ると、ただ一人、この小野の榛原はいばらを東から歩み来る旅人があります。
どうしたことかその一冊だけが、おさない手ずさびの記念のように、榛原はいばらの千代紙で上被いがしてあるのであった。白い地に柳やら桜やらのこまかい細かい模様であったが——
かの地名の榛原はいばらだの榛沢はんざわだのは、元とこの木の繁茂していた処に基いて名づけたものである。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
襟円えりえん半襟はんえり阿波屋あわやの下駄、「さるや」の楊子ようじ榛原はいばらの和紙、永徳斎えいとくさいの人形、「なごや」の金物、平安堂の筆墨、こういう店々は東京の人たちには親しまれている名であります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
遠州榛原はいばら郡金谷宿の言伝えに、昔この地に住みし長者愛娘まなむすめを某池の大蛇に取られ憤恨ふんこんに堪えず、多くの蹈鞴師を呼び寄せて一時に銕を湯にかしてその池に注いだ(河村多賀造氏談)。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
其後そののち又々評定所の白洲をひらかれ以前の如く老中方はじめ諸役人出座ありし時縁側えんがはひかへたる遠州榛原はいばら郡上新田村禪宗ぜんしう無量庵むりやうあん大源和尚だいげんをしやうすゝみ出彼方あれに罷仕る九郎兵衞と申者と何卒愚僧ぐそう掛合かけあひ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
測夫 静岡県榛原はいばら郡上川根村 生田信(二二)
越中劍岳先登記 (新字新仮名) / 柴崎芳太郎(著)
「萩原から松山まで二里一町——松山から上市までが四里と十三町——これを初瀬の方へ廻ると榛原はいばらから一里十七町、三輪、桜井、八木へ出て南へ下る」
かつて榛原はいばら郡の農家で牛の鼻とりをして手伝ってくれられたということで、願いごとのある者は、鎌を持って来て献納したというのは、農業がお好きだと思っていたからでありましょう。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
束脩そくしゅうもおさめたやら、どうやら、福島の人で、あたしたち姉妹を可愛がってくれた、あまり裕福でない、出入りの夫婦にたのんで、榛原はいばらで買った短冊に、しのぶ摺りを摺ってもらいにやって
遠州ゑんしう榛原はいばら郡水呑村先名主
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
西峠の北は赤瀬の大和富士やまとふじまで蓬々ぼうぼうたる野原で、古歌にうたわれた「小野の榛原はいばら」はここであります。
尋るに本多長門守領分りやうぶん遠州榛原はいばら郡水呑村千五百石の村名主むらなぬし九郎右衞門が實の弟に九郎兵衞と云者あり平生へいぜいよりこゝろたゞしからず其が菩提ぼだい所に眞言宗しんごんしう大石山不動院と云寺あり此住寺も又大の道樂だうらく者にて同氣相求るのことわざもれず九郎兵衞と平生つねに親しくなしけるが九郎兵衞は豫て袋井宿ふくろゐじゆく三笠屋みかさやじん右衞門がかゝへ遊女お芳を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)