木洩こも)” の例文
大廂おおびさしから木洩こもれ陽の射す廊下を横に、ずらりとそこに居並んでいる顔ぶれを見ると、何と、越前守の知らない顔ぶれは一つもない。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
また高い天蓋の隙間から幾つもの偶然を貫いて陰濕なくさむらへ屆いて來る木洩こもは掌のやうな小宇宙を寫し出した。しかし木洩れ陽程氣まぐれなものはない。
闇への書 (旧字旧仮名) / 梶井基次郎(著)
雨は三日まえからあがったままで、林の中の水をたっぷり吸った土には、木洩こも斑点はんてんになってゆらぎ、檜の若葉がせるほどつよく、しかし爽やかに匂っていた。
ちくしょう谷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
午前中のその時刻の光線の具合ぐあいで、木洩こもがまるで地肌じはだひょうの皮のように美しくしている、その小さな坂を、ややもするとすべりそうな足つきで昇ってゆくその背の高い
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
「あたりめえよ!」と甚太郎、またその気味の悪い三白眼を木洩こもにギラギラと輝かせたが
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
から松の木洩こも光線ひすぢや目にとめて地に幽けきは奉教人の墓
海阪 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
稲荷の祠と、背なか合せに、木洩こもを浴び、落葉をしいて、乳ぶさのうちに寝入った子を、しのぞいている若い母があった。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
電車の窓からは美しい木洩こもが見えた。夕焼雲がだんだん死灰に変じていった。夜、帰りの遅れた馬力が、紙で囲った蝋燭ろうそくの火を花束のように持って歩いた。
雪後 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
木洩こもが一筋射している。それが刀身を照らしている。そこだけがカッと燃えている。がその他は朦朧ぼけている。引き添って背後に坐っているのは、女馬子姿の君江である。
神秘昆虫館 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
森の木洩こもが、若い弟子たちの黒い法衣ほうえの肩にをうごかしていた、ちらちらと風のそよぎに光るのだった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
秋の木洩こもをいっぱいに浴び、黄ばんだ草を敷きながら、話し合っている男女があった。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
眼をさまして、朝の勤めをすますと、きれいにかれた青蓮院の境内には、針葉樹の木洩こもして、初秋の朝雲が、粟田山あわたやまの肩に、白い小猫のようにたわむれていた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
射し込んでいる陽光ひかりは、地上へ、大小の、円や方形の、黄金色こがねいろの光の斑を付け、そこへ萠え出ている、すみれ土筆つくしなずなの花を、細かい宝石のように輝かせ、その木洩こもかよの空間に
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
きッと、半身はんしんをつきだした伊那丸いなまる針葉樹しんようじゅ木洩こもを、藺笠いがさとしろい面貌おもざしへうつくしくうけて
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
林崎明神の神殿の辺りは、真昼、木洩こもがすこしす時のほかは、昼も暗かった。守人もりとの住む社家の勝手元には、黄昏たそがれると、一椀のかゆが出されてあった。それが甚助の食事であった。
剣の四君子:03 林崎甚助 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もうこずえには初蝉はつぜみが聞える。正成の具足姿に、青葉の木洩こもがチラチラして行く。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その後は、絵のような秋の木洩こもの中を、ひとりのあまが通ってゆく。
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もう庭陰は、寒々と暮れかけて来て、木洩こもの夕陽も血かと匂う。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)