投出ほうりだ)” の例文
とぶるぶると胴震いをすると、翼を開いたように肩で掻縮かいちぢめた腕組をと解いて、一度投出ほうりだすごとくばたりと落した。
革鞄の怪 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その日は、人の心を腐らせるような、ジメジメと蒸暑い八月上旬のことで、やがて相川も飜訳の仕事を終って、そこへペンを投出ほうりだした頃は、もう沮喪がっかりして了った。
並木 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
脱棄ぬぎすて投出ほうりだしてあったり、おおいをとられたままの箪笥たんすの上の鏡に、疲れた自分の顔が映ったりした。お島はその前に立って、物足りぬ思いに暫くぼんやりしていた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
行李こうりだとか、手文庫だとか、書類だとか、色々の品物が雑然と投出ほうりだされた友人の家の玄関に、友人夫婦と、北川氏と、子供を抱いてふるえているまだ年の行かぬ女中とが
恐ろしき錯誤 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
お島め乃公をポチか何かと思って、お膳を投出ほうりだして、御丁寧に悲鳴を揚げた。馬鹿な奴だ。家中うちじゅうの人が井戸がえでも始ったように寄ってたかって来た。茶碗も何も粉微塵こなみじんになって了った。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
投出ほうりだすと、る見るうちに、また四辺あたりが明るくなったので、私も思わず、笑いながら、再び歩出あゆみだして、無事に家に帰ったが、何しろ、塩鰹しおかつおを、そんな一時に食ったので、途事とちゅうのどかわいて仕方がない
狸問答 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
少くとも、あの、絵看板を畳込たたみこんで持っていて、汽車が隧道トンネルへ入った、真暗まっくらな煙のうちで、さっと化猫が女をむ血だらけなはかまの、真赤まっかな色を投出ほうりだしそうに考えられた。
革鞄の怪 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
鶴さんはそう言って、押入の用箪笥のなかから、じゃらじゃらかぎを取出して、そこへ投出ほうりだした。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
卵色の膜に包まれた臓腑ぞうふがべろべろとあふれ出た。屠手の中には牛の爪先を関節のところから切り放して、土間へ投出ほうりだすのもあり、胴の中程へ出刃を入れて肉を裂くものもあった。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「そら忘物だ、」といって投出ほうりだして呉れたのは、年紀とし二十はたちの自分の写真、大学の制服で、折革鞄おりかばんを脇挟んだのを受取って、角燈の灯のとどかぬ、暗がりの中に消えてしまった。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
手撈てさぐりに、火鉢の抽斗ひきだしからマツチを取出すと、手捷てばしこすりつけて、一昨日おとゝひ投出ほうりだして行つたまゝのランプを、臺所だいどこの口から持つて來て、火をけたが、もう何をする勇氣もなく、取放とりツぱなしの蒲團の上に
絶望 (旧字旧仮名) / 徳田秋声(著)
何故なぜ、森彦さん、その時自分を投出ほうりだして了わなかったものですか。とにかくこれだけの仕事をした、後はよろしく頼む、と言ってサッサと旅舎を引揚げたら、郷里の方でも黙っては置かれますまい。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
南部牛の頭蓋骨ずがいこつは赤い血に染みたままで、片隅に投出ほうりだしてあったが、屠手が海綿でその血を洗い落した。肉と別々にされた骨の主なる部分は、薪でも切るように、例の大鉞で四つほどに切断せられた。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
と三吉は眠った子供をそこへ投出ほうりだすようにして言った。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)