憧憬しようけい)” の例文
憧憬しようけいとか、小さな自己肯定とか、乃至は思ひ上つた天才らしい自意識とかに陥つて、自分の実体をすら本当に考へることが出来なくなる。
エンジンの響 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
ついでにつけ加へて置くが、さう云ふ次第だから僕は昔の事を小説に書いても、その昔なるものに大して憧憬しようけいは持つてゐない。
澄江堂雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
悩ましい、どうしようもない、悲しい一日々々を重ねた。しかし、彼の内部に一度巣くつた憧憬しようけいは、やがてまた新らしい形となつて頭をもたげ初めた。
新らしき祖先 (新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
とき流行りうかうといへば、べつして婦人ふじん見得みえ憧憬しようけいまとにする……まととなれば、金銀きんぎんあひかゞやく。ゆみまなぶものの、三年さんねん凝視ぎようしひとみにはまとしらみおほきさ車輪しやりんである。
麻を刈る (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
自分一個の空想と憧憬しようけいとが導いて行く好き勝手な夢の国に、自分の心を逍遥させるまでの事である。
虫干 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
彼女は私の過去の生命の象徴しるしのやうに思はれた。そして今私が會ひに行く爲めに身を飾らうとしてゐる彼は、私の知らざる未來の日の不安な、しかし憧憬しようけいの表象である。
自分には死の恐怖が無いと同時にマインレンデルの「死の憧憬しようけい」も無い。
妄想 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
憧憬しようけいしたのにすぎなかつたかもしれぬ
山羊の歌 (新字旧仮名) / 中原中也(著)
地面は、燃えるやうな憧憬しようけいを持つた青年を新らしく主人に迎へて喜こび、且つ彼を愛してゐるやうでもあつた。
新らしき祖先 (新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
僕の経験するところによれば、今の小説の読者といふものは、大抵たいていはその小説の筋を読んでゐる。その次ぎには、その小説の中にかれた生活に憧憬しようけいを持つてゐる。
小説の読者 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
やされたる心の寂寥せきれうから起つて来る憧憬しようけい、これは実は一つであるのではないか。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
たつた一人で過す多くの夜を、その窓にもたれて、彼は幾度いくたびか/\自分の仕事、自分の将来についていろ/\に思ひをはしらせた。そんな時、いつも彼の心のうちには抑へきれない憧憬しようけいが波うつてゐた。
新らしき祖先 (新字旧仮名) / 相馬泰三(著)