くりや)” の例文
そのくりやかたには人の気勢けはいだになきを、日の色白く、うつばりの黒き中に、かれただ一人渋茶のみて、打憩うちやすろうていたりけり。
一景話題 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「かしこまりました。大膳職だいぜんしょくはさっきからそのごめいちかねてうろうろうろうろくりやの中を歩きまわっております」
四又の百合 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
たぶん宿のくりやの料理人が引致して連れて行ったものらしく、ともかくもちょうどその晩宿の本館は一団の軍人客でたいそうにぎやかであったそうである。
あひると猿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
人けのないくりやの下を静かに光りながら流れるのも、その重々しい水の色に言うべからざる温情を蔵していた。
大川の水 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
後ろのほうのくりやその他に使っている建物のほうへ源氏を移転させ、上下の者が皆いっしょにいて泣く声は一つの大きな音響を作って雷鳴にも劣らないのである。
源氏物語:13 明石 (新字新仮名) / 紫式部(著)
さてその翌朝あけのあさ、聴水は身支度みじたくなし、里のかたへ出で来つ。此処ここの畠彼処かしこくりやと、日暮るるまで求食あさりしかど、はかばかしき獲物もなければ、尋ねあぐみてある藪陰やぶかげいこひけるに。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
戸の内はくりやにて、右手めての低き窓に、真白ましろに洗いたる麻布あさぬのをかけたり。左手ゆんでには粗末に積み上げたる煉瓦れんがかまどあり。正面の一室の戸は半ば開きたるが、内には白布しらぬのをおおえる臥床ふしどあり。
舞姫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
そのめぐりには、許多あまた小龕せうがん並びたり。又二重の幅ひろき棚あり。處々色かはりたる石をたゝみて紋を成せり。一つの龕をば食堂とし、一つには壺鉢などを藏し、一つをばくりやとなして豆を煮たり。
桜花はなあかりくりやにさせば生魚なまざかなはちに三ぼんえひかりたり
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
道場と云う暗いくりやに閉じ籠って
家建ちてくりやあらはや墓参り
六百句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
婢女はしため眠りてくりやさむく
泣菫詩抄 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
老人は、こうわめきながら、始めの勢いにも似ず、網代屏風あじろびょうぶをふみ倒して、くりやのほうへ逃げようとする。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
裏門の方へ出ようとするかたわらに、寺のくりやがあって、其処そこで巡覧券を出すのを、車夫わかいしゅが取次いでくれる。巡覧すべきは、はじめ薬師堂やくしどう、次の宝物庫ほうもつこ、さて金色堂こんじきどう、いわゆる光堂ひかりどう
七宝の柱 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
くりやの煙が立たないでなお生きた人が住んでいるという悲しいやしきである。
源氏物語:15 蓬生 (新字新仮名) / 紫式部(著)
桜花はなさけどくりや女房いつしんに働きてありかまひかる廚
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
広くもない部屋へやの中には、くりやへ通う遣戸やりどが一枚、斜めに網代屏風あじろびょうぶの上へ、倒れかかって、その拍子にひっくり返ったものであろう、蚊やりをたく土器かわらけが、二つになってころがりながら
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)