宿場しゅくば)” の例文
峠の双方の麓の宿場しゅくばなどが、雪に中断せられて二つのふくろの底となることは、常からの片田舎よりもなおいっそう忍びがたいものらしい。
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
さようにこの土地はずいぶん古い駅路なのである。たぶん平安のみやこが出来たのとおなじころに設けられた宿場しゅくばかもしれない。
蘆刈 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
夜っぴてよ、蝋燭ろうそくでよ、銭勘定したり、横浜までゆくのに、旅費がなくって、宿場しゅくば牛太郎ぎゅうたろうまでしやがったことわすれてやがる。
おなじ宿場しゅくばのきをながしていた坂東巡礼ばんどうじゅんれいの三十七、八ぐらいな女——わが子をたずねて坂東めぐりをしてあるくおときという女房にょうぼう
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
商売上のねたみか、又はなにかの遺恨で、お浪がお駒を絞め殺したと仮定する。宿場しゅくばかせぎの女郎などは随分そのくらいのことは仕兼ねない。
半七捕物帳:31 張子の虎 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
幅濶はばひろ階子段はしごだんを下りると、板をかけ渡して湯殿へ交通が出来るようになっている、その湯殿の入口に、古ぼけた暖簾のれんを懸けてあるのが、何だか宿場しゅくばの銭湯をおもい出す
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
橋のたもとからは、村つづきでせまい宿場しゅくばがあった。村がつきると、また野原になって、野原にはこぎたない家がらばっていた。往来おうらいには荷車がしじゅう行ったり来たりしていた。
宿場しゅくばの医者たるに安んじている父の résignationレジニアション の態度が、有道者の面目に近いということが、朧気おぼろげながら見えて来た。そしてその時からにわかに父を尊敬する念を生じた。
カズイスチカ (新字新仮名) / 森鴎外(著)
かねてうわさの、宿場しゅくば娼婦ふんばりと寝たんべい。唯おくものかと、その奥様ちゅうがや、梅雨つゆぶりのやみ夜中よなかに、満水の泥浪どろなみを打つ橋げたさ、すれすれの鉄橋を伝ってよ、いや、四つ這いでよ。
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一人の旅人は馬に乗ったまま或宿場しゅくばの茶店の前に在って、その茶店で売っている草の餅を買ってそれを馬上ながら頬張ほおばりつつあった時、ふとしたはずみにその草餅を取り落としたというのである。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
とりあえず半蔵らはその請書うけしょしたため、ついでにこの地方の人民が松本辺の豊饒ほうじょうな地とも異なり深山幽谷の間に居住するもののみであることを断わり、宿場しゅくば全盛の時代を過ぎた今日となっては、茶屋
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
馭者は宿場しゅくばの横の饅頭屋まんじゅうや店頭みせさきで、将棋しょうぎを三番さして負け通した。
(新字新仮名) / 横光利一(著)
そして、かれの姿が、犬ころのように、宿場しゅくばのはてへ見えなくなると、竹童はもうそれを放念ほうねんしたごとく
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
なにしろ昔の中仙道の宿場しゅくばがすっかり寂れてしまって、土地にはなんにも産物はないし、ほとんどもう立ち行かないことになって、ほかの土地へ立退たちのく者もある。
木曽の旅人 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
あとの女たちや、雑用宿ぞうようやど宿場しゅくばうかほかの男どもは誰も来ない。
光籃 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
そんな事とは知らねえで、しん吉の野郎、近在をまわってちっとふところがあったまったので、今頃どこかの宿場しゅくばでおもしろく浮かれているかも知れねえ。親不孝な野郎だ
半七捕物帳:68 二人女房 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そして、さきへひとごみをいながら、せまい宿場しゅくばの人ごみをってゆく。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「そうすると、その娘を引っさらって宿場しゅくばへでも売るのでしょうか」
半七捕物帳:60 青山の仇討 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「は。宿場しゅくばには一人の敵も見えぬそうです」
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)