猪牙舟ちよきぶね)” の例文
見知り顔の船頭が猪牙舟ちよきぶねを漕いで通るのを、窓の障子の破れ目から見て、それを呼留め、炭を貰ふと云ふやうなところがあつた。
雪の日 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
たま/\山谷堀へ通ふ猪牙舟ちよきぶねが、心も空の嫖客を乘せて、矢のやうに漕ぎ拔ける外には、二人の注意を捕へるものもありません。
それは子刻こゝのつ(十二時)近い時分でした。兩岸の灯も消え、吉原通ひの猪牙舟ちよきぶねの音も絶えて、隅田川は眞つ黒に更けて行きます。
わたくしは稲荷橋に来て、その欄干に身をよせると、おのづからむかし深川へ通つた猪牙舟ちよきぶねを想像し、つゞいて為永春水の小説春暁八幡佳年しゆんげうはちまんがねの一節を憶ひだすのである。
町中の月 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)