和泉橋通いずみばしどおり)” の例文
幕府瓦解の際、成島柳北が下谷和泉橋通いずみばしどおり賜邸していを引払い、向島須崎村すさきむらの別荘を家となしてから其詩文には多く濹の字が用い出された。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
宝素は元表医師百五十俵三十人扶持小島春庵で、和泉橋通いずみばしどおりに住していた。名は尚質しょうしつ、一学古がくこである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)