才八さいはちは永禄元年出生そろて、三歳にしてちちを失い、母の手に養育いたされ候て人と成り候。壮年に及びて弥五右衛門景一やごえもんかげかず名告なのり、母の族なる播磨国はりまのくにの人佐野官十郎さのかんじゅうろう方に寄居いたしおり候。
興津弥五右衛門の遺書 (新字新仮名) / 森鴎外(著)