それは名を喜助きすけと言って、三十歳ばかりになる、住所不定じゅうしょふじょうの男である。もとより牢屋敷ろうやしきに呼び出されるような親類はないので、舟にもただ一人ひとりで乗った。
高瀬舟 (新字新仮名) / 森鴎外(著)