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たらしなかつひこ
ふりがな文庫
“たらしなかつひこ”の漢字の書き方と例文
語句
割合
帶中津日子
100.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
帶中津日子
(逆引き)
この倭建の命、
伊玖米
(
いくめ
)
の天皇
一
が女、
布多遲
(
ふたぢ
)
の
伊理毘賣
(
いりびめ
)
の命に娶ひて生みませる
御子
(
みこ
)
帶中津日子
(
たらしなかつひこ
)
の命
二
一柱。またその海に入りましし
弟橘
(
おとたちばな
)
比賣の命
三
に娶ひて生みませる御子、
若建
(
わかたける
)
の王一柱。
古事記:02 校註 古事記
(その他)
/
太安万侶
、
稗田阿礼
(著)
また山代の
玖玖麻毛理
(
くくまもり
)
比賣に娶ひて生みませる御子、
足鏡別
(
あしかがみわけ
)
の王一柱。またある
妾
(
みめ
)
の
子
(
みこ
)
、
息長田別
(
おきながたわけ
)
の王。およそこの倭建の命の御子たち、并はせて六柱。かれ
帶中津日子
(
たらしなかつひこ
)
の命は、天の下治らしめしき。
古事記:02 校註 古事記
(その他)
/
太安万侶
、
稗田阿礼
(著)
およそこの
帶中津日子
(
たらしなかつひこ
)
の天皇の御年
五十二歳
(
いそぢまりふたつ
)
。(壬戌の年六月十一日崩りたまひき。)御陵は河内の
惠賀
(
ゑが
)
の
長江
(
ながえ
)
一四
にあり。皇后は御年一百歳にして崩りましき。
狹城
(
さき
)
の
楯列
(
たたなみ
)
の陵
一五
に葬めまつりき。
古事記:02 校註 古事記
(その他)
/
太安万侶
、
稗田阿礼
(著)
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