不精ぶしょう)” の例文
はなはだ不精ぶしょうではあったが、堅いものを書いた昔の雅号をそのまま、胡堂と署名してしまったが、今日まで道連れになった因縁いんねんである。
しかも村野はひどく筆不精ぶしょうたちで、赤座の手紙に対して三度に一度ぐらいしか返事をやらないので、自然に双方のあいだがうとくなって
青蛙堂鬼談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ああ、それを二ぜん頼みます。女中はごしのもったてじりで、敷居へ半分だけ突き込んでいたひざを、ぬいと引っこ抜いて不精ぶしょうに出て行く。
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この着物と、この髯の不精ぶしょうに延びるのと、それから、かつて小言こごとを云った事がないのとで、先生はみなから馬鹿にされていた。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
お玉はだいぶ久しく布団の中で、近頃覚えた不精ぶしょうをしていて、梅がっくに雨戸を繰り開けた表の窓から、朝日のさし入るのを見て、やっと起きた。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
骨折り損を避けるために、骨はさして折れない代わりに決定的な損亡へしか導かない途に留まろうというのが、不精ぶしょうで愚かで卑しいおれの気持だったのだ。
悟浄出世 (新字新仮名) / 中島敦(著)
かくのごとき人はごろ僕が歩き不精ぶしょうであるから、一里行くのもめずらしいのに十里歩いたのはエライとほめる。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
不精ぶしょうなお方だから、私が黙って揃えて置けば、なんだこんなもの、とおっしゃりながらも、心の中ではほっとして着て下さるのだろうが、どうも寸法が特大だから
十二月八日 (新字新仮名) / 太宰治(著)
もはや二十年の昔になるが、神楽坂かぐらざかの夜店商人の間にひとりの似顔絵かきがいた。まだ若い人で、粗末な服装をしていて、不精ぶしょうひげを生やした顔を寒風にさらしていた。
落穂拾い (新字新仮名) / 小山清(著)
それからドモ又の弟にいうが、不精ぶしょうをしていると、頭の毛とひげとが延びてきて、ドモ又にあともどりする恐れがあるから、今後決して不精髭を生やさないことにしてくれ。
ドモ又の死 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
それに彩色を施して、そのまま貼りつけてあるのがあります、表現法としてはまことに思い切った不精ぶしょうなやり方で、近頃の二科あたりの連中の仕事にも似て面白いと思います。
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
君にすぐ返事を書くはずだったが、僕は少し不精ぶしょうだ、ことに文章を書くことに。それというのも、最も善い友人らは書かなくても僕を知ってくれていると考えるためなのだが。
尼の形になつてからのお玉が驚かれたのは、まるで気性の変つて仕舞しまつたことであつた。ぱつぱつと話はする。気の向くとき働くが、気の向かぬときはどこまでも不精ぶしょうをする。
上田秋成の晩年 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
銀行で、年に六千というんだが……。ただ、続きそうもないな、あの不精ぶしょうもんじゃあ……
桜の園 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
彼はもとより小説家に特有の観察好きから、もっと詳しい事を知りたく、想像をたくましくしていたが、一面はなはだしい不精ぶしょうから、積極的に他人の身辺の事を探る態度はとらなかった。
遺産 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
料理人のかたわらに置けば、不精ぶしょうから、どうしても過度に使うというようになってしまいますから、その味に災いされます。私どもは「味の素」をぜんぜん料理場に置かぬことにしています。
日本料理の基礎観念 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
まことに不精ぶしょうきわまることながら、便利この上もないメカニズムだった。
地獄街道 (新字新仮名) / 海野十三(著)
長屋門の出格子から、不精ぶしょうそうな門番の顔が覗いたがきに、扉が開く。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
とお母さんはついでをもって僕の不精ぶしょうを訴えた。
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
と宅助、不精ぶしょうをいわずに働きだした。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
不精ぶしょうにて年賀を略す他意あらず
七百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
「いや、と身にけがれがあつて、不精ぶしょうに、猫の面洗つらあらひとつた。チヨイ/\とな。はゝゝゝ明朝あしたは天気だ。まあ休め。」
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
ふと首を上げてそこにお秀を見出みいだした津田の眼には、まさにこうした二重の意味から来る不精ぶしょうと不関心があった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
僕のいわゆる折々退け、折々冥想めいそうせよということは、単に不精ぶしょう寝転ねころんでおれ、不精にかまえろというのとは大いに違う。また折々という文字がばくとしたことである。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
この小田氏の賛成と援助が無かったら、不精ぶしょうの私には、とてもこのような骨の折れる小説に取りかかる決意がつかなかったのではあるまいかとさえ思われるほどである。
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
不精ぶしょうな逸作は、わずらわしい他人の生活との交渉にらなければ保たれない普通の友人を持たないのである。他の肉親には、逸作もかの女も若い間に、ひどいめに会ってりてる。
かの女の朝 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
竹田博士は年歯ねんし僅かに四十歳であるのに、不精ぶしょうから来た頤髯を生やしていたが、どういうものかその黒い毛にまじって、丁度頤の先のところに真白なひとつかみの白毛が密生していることで有名だった。
人造人間事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「ふと、致してみたり、また、とんと忘れ果てたり。また茶というものと私とがいっこう一つになりません。たまたま、むにしても、相かわらず不精ぶしょうなことのみしておりまして、かように清々すがすがとお茶室のうちでいただくことなどは」
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
第二の世界に動く人の影を見ると、たいてい不精ぶしょうひげをはやしている。ある者は空を見て歩いている。ある者は俯向うつむいて歩いている。服装なりは必ずきたない。生計くらしはきっと貧乏である。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「何て不精ぶしょうたらしい返事なんだろう、もう二度と来てやらないから」と云った。
老妓抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)