香具師やし)” の例文
香具師やしの親方の「釜無の文」は、手下の銅助を向うに廻し、いい気持に喋舌しゃべっていた。傍に檻が置いてあり、中に大鼬が眠っていた。
大捕物仙人壺 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
香具師やしの口上にしては余りに熱心過ぎた。宗教家の辻説法にしては見物の態度が不謹慎だった。一体、これは何事が始まっているのだ。
白昼夢 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
綺麗な女の子をさらつたのは、親を強請ゆすつて金にする外に、身體の良いのは、輕業娘に仕立てて、田舍向の香具師やしに賣るつもりだらう。
香具師やしの所謂五りん五たい満足な体で、類のない渡世を編み出し、旅から旅をめぐり歩いている者とは違って、一つ処にじっとしていながら
奇術考案業 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
熊蔵は彼を香具師やしだろうと云った。得体えたいのわからない人間の首を持ちあるいて、見世物の種にでもするのだろうと解釈した。
半七捕物帳:04 湯屋の二階 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
それらのもののうちには或る無理なもの、香具師やし的なものが含まれてをり、「誤謬と強力との混淆物」と彼には思はれた。
ゲーテに於ける自然と歴史 (新字旧仮名) / 三木清(著)
もっとも一週間速成油絵講習会といった風の事を企てる香具師やしもあるだろうけれども、先ず正直な処さような話し位い莫迦ばか々々しいものはない。
油絵新技法 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
よくあるやつだ。じっさい、この香具師やしのように陽に焼けて、悪ずれのしたように見える、龍造寺主計には、そんなようなところが、見えるのだ。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
香具師やしはやつぱり大須を中心として活動して居るのだが、これももう追々すたれて、珍らしい芸は見られなくなつた。
名古屋スケッチ (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
「仁寄せ」などと言えば、香具師やしめくが、やはりここはあくまでこの言葉でなくてはならぬ。それほど、なにからなにまで香具師の流儀だったのだ。
勧善懲悪 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
その場限りの香具師やし的のものが段々減って、真面目な実用向きの定店が多くなったことは、ほかでは知らず、神楽坂などでは特に目につく現象である。
早稲田神楽坂 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
リストは、気高い長老で曲馬師で新古典派で香具師やし、実際の気高さと偽りの気高さとの同分量の混合、晴朗な理想と厭味いやみな老練さとの同分量の混合。
「ハイカラ野郎の、ペテン師の、イカサマ師の、猫被ねこっかぶりの、香具師やしの、モモンガーの、岡っ引きの、わんわん鳴けば犬も同然な奴とでも云うがいい」
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
まごうなく、その日の昼、掲陽鎮けいようちんの辻で、香具師やしの浪人をおどし、またさんざん自分のあとを追ッていたあの壮漢だ。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ちょうど香具師やしが、むすめをおりのなかれて、ふねせて、みなみほうくにへゆく途中とちゅうで、おきにあったころであります。
赤いろうそくと人魚 (新字新仮名) / 小川未明(著)
が、この男はまだ芸術家になりきらぬ中、香具師やし一流ののぞみまかせて、安直に素張すばらしい大仏を造ったことがある。
鵞鳥 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
浜辺の香具師やし連中はみんな何かを飾つて、それを売るようなかつこうをしている習慣だつたので、老人もかなりボロボロになつた漁師の網を飾つていたが
これは石を拳骨でわるのと共に、田舎の祭礼や縁日なぞに唐手使いと称する香具師やしがやって見せる芸である。
馬庭念流のこと (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
それで香具師やしの群に投じ花又組に入った。そのことは、父の「光雲自伝」の中には話すのを避けて飛ばしているが、——そうして祖父は一方の親分になった。
回想録 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
六日には御田植があって終るので、四日間ぶっ通しの祭礼を当込みに、種々いろいろの商人、あるいは香具師やしなどが入込み、そのにぎわしさと云ったらないのであった。
怪異暗闇祭 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
これに就いてはお角さんが香具師やしの方へよく渡りをつけてくれ、道庵先生が大奮発で、なけなしの財布を逆さにしてくれたればこそで、この点に於ては米友も
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
それは方々を渡り歩く香具師やしの歯医者で、総入れ歯や歯みがき粉や散薬や強壮剤などを売りつけていた。
そこで、父はまことに尤もだと答えて、通りがかりの香具師やしに呉れてやってしまったことがあるが、そのとき私は子熊に別れるのがつらさに、涙を流したのを記憶している。
香熊 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
或人が四千五百弗まで糶上せりあげて落したそうだ。一体虎なんかは香具師やしの買うものだろう。
髪の毛 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
香具師やしの力持ちの夫婦は肥った運動服のかみさんを先に立てゝ、のそ/\キャフェの軒の下に避難しに行く。その後に残した道のはたの大きな鉄唖鈴てつあれいを子供達が靴で蹴っている。
巴里祭 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
詐欺師や香具師やしの品玉やテクニックには『永代蔵』におおかみの黒焼や閻魔鳥えんまちょう便覧坊べらぼうがあり、対馬つしま行の煙草の話では不正な輸出商の奸策かんさくを喝破しているなど現代と比べてもなかなか面白い。
西鶴と科学 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
いろいろ種類しゅるいのちがう香具師やしや、音楽師おんがくしや、屋台店が二、三日まえから出ていた。
もし自分の家に何か香具師やしのような、うろんな軽業師のような奴でも入って来たら、きっとそいつを怪しいと思ったでしょうが、それと寸分ちがわない嫌疑を僕はいだいているのですよ。
しかし我邦わがくにではまだ臓物の食べ方を知らない人が多いため美味おいしい臓物も腸と一緒に肥料屋に売られたり、あるいは胃袋なんぞは折々香具師やしの材料となって縁日の見世物みせものになるそうです。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
秘術めいた薄ぺらな本などを売りつける香具師やし達の姿は一つも見当らなかった。
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
マーサー夫人——結婚以来客間に現はれてこの奇異な人物の愚弄の的になつてゐた例のマーサー夫人ごときも大分それに肩を入れてひとつ香具師やしの衣裳を着て彼の気を引いて見ようとした。
「むろん、そんなこといいやしません、ぼくは香具師やしじゃありませんからね」
植物人間 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
売り子は香具師やしの若い者で、常連になっているのが七人、一枚売れば幾らという歩合制であるが、記事のたねを持って来れば、相当な手間賃になるようで、かれらのほかにも、火事とか落雷とか
へちまの木 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
大学生雨谷君は、すっかり香具師やしになったつもりである。
金属人間 (新字新仮名) / 海野十三(著)
言って見れば、そのころの銀座は香具師やしの巣である。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
よく香具師やしと間違えられなかったね、アハハハハハハ
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「両国から香具師やしを呼んでおいでなさいませ」
顎十郎捕物帳:04 鎌いたち (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
『いゝ香具師やしもつかなかつたと見えるな』
鴉と正覚坊 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
人を集める山伏姿の香具師やし
原爆詩集 (新字新仮名) / 峠三吉(著)
香具師やしがいっぱい
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
奥州街道や中仙道、なるたけ辺鄙へんぴの個所を選び、博徒や香具師やしなどの頭をたより、用心棒や剣術の指南、そんなことをして日を過ごした。
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
江戸のまん中にむやみに熊なんぞがんでいる訳のものじゃあねえ。どこかの香具師やしの家にでも飼ってある奴が、火におどろいて飛び出したんだろう。
半七捕物帳:29 熊の死骸 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「そんなものを出しや、生捕つて香具師やしに賣るが、どうも、狐や狸の化けたのではなくて、矢つ張り人間の化けたのだから氣になるぢやありませんか」
夜店のたべもの、夜店の発明品だ。香具師やしがいう如く、あっちにもこっちにもあるというありふれた品物ではない。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
稲荷界隈を縄張りにしている香具師やしの親分が見廻りに来てここで食事をするうち、ここの内儀に目をつけた。
深川の顔役で香具師やしのほうもやっている木場の甚てえ親分とな、ちょっくらほかのかかり合いで相識しりあいになったのだが、このひとがいってすすめてくださるのだ。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「僕の親父おやじが、香具師やしの手から買取ったのです。そして、十何年というもの、僕のうちで飼っていたのです」
恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
気まぐれに、二人が人の肩ごしにのぞきこんで見ると、どうやら香具師やし口上こうじょうを述べたてているものらしい。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「待ってくんなよ、お前さんたち、この熊の子を香具師やしに売るんだって、香具師に売るんなら売るんでいいけれども、そうなると、この親熊の皮はどうなるんだ」
大菩薩峠:30 畜生谷の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
動物園どうぶつえんでは、ふだいてあるような、猛獣もうじゅう性質せいしつがなくなってしまうと、このしろいくまの処分しょぶんこまりました。このことを、あるりこうな香具師やしみました。
白いくま (新字新仮名) / 小川未明(著)