疵痕きずあと)” の例文
骨でも肉でも豆腐のように切れる鋭い小刀ナイフも、まるで鉛か銀のようにやわらかく曲がり折れて、疵痕きずあとさえ付ける事が出来ません。
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
春先になれば、古い疵痕きずあとに痛みを覚える如く、軟かな風が面を吹いて廻ると、胸の底に遠い記憶が甦えるのであります。
春風遍し (新字新仮名) / 小川未明(著)
したがって、後日これを彼がおもいだすとき、ただ憶いだしたと云うだけでも腹立たしくなるような疵痕きずあとになった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
たてられ……誹謗の疵痕きずあと……悪感情の悪戯いたずら……侮辱と意地悪……譏誚きしょう……嘲笑と挑戦……嫉妬?……嫉妬!……復讐……おれはおれの躯を愛しそこなった……
あめんちあ (新字新仮名) / 富ノ沢麟太郎(著)
「黙らないか。二十八年前三千両の御用金を盗んだ四人組の一人、その左の耳のこぶを取った疵痕きずあとが何より証拠、浜松様の御屋敷に聞き合せての上だ、間違いはない」
但右の養蚕家入門中、桑を切るとて大きな桑切庖丁を左のてのひら拇指おやゆびの根にざっくり切り込んだ其疵痕きずあとは、彼が養蚕家としての試みの記念きねんとして今も三日月形に残って居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
禿げた頭の鉢は大きく開き、耳の後ろから眼尻にかけて貫通した流弾の疵痕きずあとが残っている。
只今たゞいま是へいだすべしと言れけば同心はかしこまり候と立て行けるが頓て身には半※はんてん眞向まむきよりほゝへ掛て切下きりさげられし疵痕きずあとありせいひくひげ蓬々ぼう/\として如何にもみすぼらしなる者を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
私のこの胸の疵痕きずあとを、お兄様以外のお方にどうしてお眼にかけることが出来ましょう……と思いまして……。
押絵の奇蹟 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
かしの実が一つぽとりと落ちた。其かすかな響が消えぬうちに、と入って縁先に立った者がある。小鼻こばな疵痕きずあとの白く光った三十未満の男。駒下駄に縞物しまものずくめの小商人こあきんどと云う服装なり
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
れ兩人并に町役人共下られける斯樣に嚴敷申渡されしは何故なにゆゑと云ふに勘兵衞は大兵だいひやうにして色黒くまなこ大きくひたひより口へ掛て大疵おほきずあと一ヶ所又小鬢こびんはづれより目尻に疵痕きずあと二ヶ所有り至つて惡相あくさうなれば奉公人の欠落かけおち合點がてんゆかずと思はれ斯は申されしなり夫より勘兵衞は早速さつそく彦兵衞方へゆき勿々なか/\三日の中に三十兩の品は
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
しかし母親の屍体を調べて見ると、首の周囲まわり疵痕きずあとは細帯と一致しないし、寝床も取り乱してあるしするのだから、たしかに絞殺した後で首をくくったように見せかけたものに違いない。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
付られし痕も御座候へば縱令たとへくびはなくとも悴と申者はたしかと見とめしと申ければ大岡殿シテ其疵痕きずあとは何れに有やと尋問らるゝに左りのかたより脊へかけ四寸程もありと云へば大岡殿又さと死骸しがい證據しようこは何ぢやとあるにお深是はよめとは申ながら私しにはしかと知れませぬと答へしかば大岡殿は九郎兵衞に向はれコレ其方は
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
取除いて行きましたが……御覧なさい……その蒼黒い少女の皮膚の背中から胸へ、胸から股へと、縦横にタタキ付けられている大小長短色々の疵痕きずあとを……殴打、烙傷らくしょう擦傷さっしょうの痕跡を……それらの褐色
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
……右の手の甲に大きな疵痕きずあと……。