物種ものだね)” の例文
命あつての物種ものだねと云ふ時にや、何もも忘れてゐるんだからね。芸術も勿論もちろん忘れる筈ぢやないか? 僕などは大地震どころぢやないね。
続野人生計事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「冗談ではない——」と、は言った。「命あっての物種ものだねだろうではないか。どこか無事な所へ着いて、ひとまず宿をとりたいのだが」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
所詮しょせん生命いのちさえもあぶないという恐ろしい修羅場しゅらじょうになっておりますから「これでは、どうも仕方がない。生命あっての物種ものだねだ。何もかもほうり出してしまえ」
『何を言っても命あっての物種ものだねだ、』と大きな声で独言ひとりごとを初めた、『どうせ自分から死ぬるてエなアよくよくだろうが死んじまえば命がねえからなア。』
郊外 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
その時ニラの大主はこれにこたえて、まだ御初祭おはつまつりをしていないから物種ものだねは出すことができぬと言ったというのは、すこぶる我邦わがくに新嘗にいなめの信仰とよく似ている。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
併しそんな悪戯はもう時代おくれで、天保以後の江戸の世界には、相当の物種ものだねをつかって世間をさわがせて、蔭で手をうって喜んでいるような悠長な人間は少なくなった。
半七捕物帳:08 帯取りの池 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
命あっての物種ものだねである。その生涯が満足な幸福な生涯ならば、むろん、長いほどよいのである。
死刑の前 (新字新仮名) / 幸徳秋水(著)
古来誰あって登ったという事のない危険山ですから、如何いかに高い給料を出してるからといっても、生命いのちあっての物種ものだね、給料にはえられぬといって応ずる者がありません
越中劍岳先登記 (新字新仮名) / 柴崎芳太郎(著)
武士はひらりと體を引外ひつぱづらば目に物見せんずぞ彼禪杖にて片端よりばらり/\と討倒せば雲助共は大に驚きは恐ろしき入道かないのちあつての物種ものだねなり逃ろ/\と聲をかけあとをも見ずに逃出すを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
「しかし、そうむやみに勝っていいものかね。噂によれば、大勝ちしたら生きては帰れないともいうが、せっかく勝ったところでズドンなんてのは有難くないからね。なにしろ、命あっての物種ものだねだ」
物種ものだねをくれて腰かけ話し込み
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
客 菊池寛きくちくわん氏の説によると、我我は今度のだい地震のやうに命も危いと云ふ場合は芸術も何もあつたものぢやない。まづ命あつての物種ものだね尻端折しりはしよりをするのにいそがしさうだ。
続野人生計事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
強く云拔いひぬけやうとても然樣うまくはだまされず是が表向おもてむきになる時は文右衞門さんははなはだ御氣の毒だが御吟味中入牢じゆらうトヾのつまりは首がなし命あつての物種ものだねなればサア/\殘りの金子を渡されよどうだ/\と責付せめつけるを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
物種ものだねの袋濡らしつ春の雨
芭蕉雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)