烟草タバコ)” の例文
彼が火鉢ひばちそばすわって、烟草タバコを一本吹かしていると、間もなく夕飯ゆうめしぜんが彼の前に運ばれた。彼はすぐ細君に質問を掛けた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
殊に頭を丸剃りにして明治十三年頃新吉原を売り歩いた豊年糖売りがぶらさげた火の用心と大書した烟草タバコ入れを洋服の腰のポケットに挿して歩く。
女小姓は茶、烟草タバコ手水ちょうずなどの用を弁ずるもので、今いう小間使こまづかいである。中臈は奥方附であると、奥方の身辺に奉仕して、種々の用事を弁ずるものである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
所がおよそ人間の習慣は、仮令たとい悪い事でもとんに禁ずることはよろしくない。到底出来ない事だから、君がいよ/\禁酒と決心したらば、酒の代りに烟草タバコを始めろ。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
傍らに百日紅さるすべりの大木があって、曲りくねって、上にかぶさっています。母が洗い物をしていられる時、花を拾ったり、流しから落ちる水にかえるがいるので、烟草タバコの粉を貰って来て釣ったりします。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
あるいは蝘蜒が怠慢なまけて早く好報をもたらさざりしを憤って、烟草タバコを食わせ、身を諸色に変じ、悩死するを見て快と称う。
とてかなわぬ禁酒の発心ほっしん、一箇月の大馬鹿をして酒と烟草タバコと両刀づかいに成り果て、六十余歳の今年に至るまで、酒は自然に禁じたれども烟草はみそうにもせず
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
健三は仕方なしにうまくもない海苔巻を頬張ほおばって、い加減烟草タバコで荒らされた口のうちをもぐもぐさせた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
富穀もまた滑稽こっけい趣味においては枳園に劣らぬ人物で、へそ烟草タバコむという隠芸かくしげいを有していた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
私は飯をしまって烟草タバコを吹かし出しました。私が立たないので奥さんも火鉢のそばを離れる訳にゆきません。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
かつてアイルランド人に聞いたは、かの国で最も強く臭う烟草タバコけむりを、驢の鼻へ吹き込むと、眼を細うし気が遠くなった顔付して、静まりおり、極めて好物らしいと。
われらはまだぬくまらぬ臥床ふしどを降りて、まどのもとなる小机にいむかひ、烟草タバコくゆらすほどに、さきの笛の音、また窓の外におこりて、たちまち断えたちまち続き、ひなうぐいすのこころみに鳴く如し。
文づかひ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
ずこんな塩梅式あんばいしきだから、吾々われわれ一行の失策物笑ものわらいはかず限りもない。シガーとシュガーを間違えて烟草タバコを買いにやって砂糖をもって来るもあり、医者は人参にんじんおもっかって来て生姜しょうがであったこともある。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
私はちょうど主人の帰りを待ち受ける客のような気がして済まなかった。私はかしこまったまま烟草タバコを飲んでいた。奥さんが茶の間で何か下女げじょに話している声が聞こえた。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
優善は渋江一族の例を破って、わこうして烟草タバコみ、好んで紛華奢靡ふんかしゃびの地に足をれ、とかく市井のいきな事、しゃれた事にかたぶきやすく、当時早く既に前途のために憂うべきものがあった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
先生は庭の方を向いて、澄まして烟草タバコを吹かしていた。相手は自然奥さんでなければならなかった。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかし彼は黙って烟草タバコを吹かしていた。こんな些細ささいの点にも姉弟きょうだいの気風の相違は現われた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)