棕梠しゆろ)” の例文
発行所の庭には先づ一本の棕梠しゆろの木がある。春になつて粟粒を固めた袋のやうな花の簇出そうしゆつしたのを見て驚いたのは、もう五六年も前の事である。
発行所の庭木 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
一寸触つても指に付いてくる六月の棕梠しゆろの花粉のやうに、月夜の温室の薄い硝子のなかに、絶えず淡緑の細花を顫はせてゐるキンギン草のやうに
桐の花とカステラ (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
わたしどもははしら障子しやうじほねくろずんだ隔座敷ざしきへとほされた。とこには棕梠しゆろをかいたぢくかヽつてゐたのをおぼえてゐる。
桜さく島:見知らぬ世界 (新字旧仮名) / 竹久夢二(著)
彼方あつちきませう」とつて、ちやとほして、廊下らうかづたひにちひさな書齋しよさいはひつた。其所そこには棕梠しゆろふでいたやうな、おほきなこはが五ばかりとこかゝつてゐた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
殊にわたくしは蝸牛かたつむりにも、からすにも、豚にも、亀の子にも、棕梠しゆろにも、犬にも、まむしにも、野牛にも、病人にも似かよひ候よし、くやしきお小言を蒙り候こと、末代迄も忘れ難く候。
糸女覚え書 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
固く乾いた雨上りの道を素足で蹈んで居る、ひとみの黒い児であつた。口をキツと結つて居た。腹掛のドンブリには大きな棕梠しゆろの塗ブラシを突立て、片手に蒼色そらいろのペンキを入れた壺を下げて居た。
茗荷畠 (新字旧仮名) / 真山青果(著)
火の串のさきで突つかれる痛みを持つてゐるから少年達は棕梠しゆろの葉の柄の長いやつで叩き落さうとするのだが、蜂の方の數が優勢であるから勢ひ慌ててしまふ、慌てると叩きそこなつてしまふのだ
めたん子伝 (旧字旧仮名) / 室生犀星(著)
さくらばな咲きに咲きたり諸立もろだちの棕梠しゆろ春光しゆんくわうにかがやくかたへ
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
されど、わが生の悦びたりし棕梠しゆろの樹よ
まだ青味あをみびた棕梠しゆろはな
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)